年度別受賞作品
退職や転居等により氏名公表許諾未確認の方のお名前は割愛させていただきました。
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レジにて

第08回 2004年度 受賞作品
入賞作品
作者名:(氏名割愛)
所属企業:紳士服販売店勤務

記事(紹介文)

 
 土曜日の午後、紳士服売り場が珍しく混んでいた。私は、夫の靴下を手にちょっといらいらしていた。私の2人前のレジに並んでいた少年が、支払いに手間取っているのだ。
 「細かいんだけどいいですか」。
中学1年生位だろうか。そう言いながら顔を赤らめ、親指と人差し指がやっと入るお財布から、不器用に1枚又1枚と硬貨を出しているのだ。少年が取り出すお金は、500円玉が2枚で、後はすべて100円玉と50円玉と10円玉。レジの女性は、丁寧な物腰ですっと立っていて、じっと見守っている。一体この少年は何を買って、いくら払っているのか。私は、すぐ前に並んでいた男の人の肩越しに覗き見た。
 彼は緑と黄色のストライプの3000円のネクタイを買って、プレゼント用の箱に入れてもらおうとしていた。時々、レジ係が金種別に分けて途中の計算結果を伝えている。少年は必死だ。後ろに待たせている人のことも、もちろんわかっている。やっと最後の1枚を取り出したとき、肩のあたりがほっと下がったように見えた。
 「お客様、消費税込みで3150円なんですが。お箱はサービスいたします」。
 「あっ、消費税があったんだ」。
彼のお財布には、3000円きっかりしかなかった。今、少年の心はどんなに波打っているだろう。彼はより一層顔を赤らめ、その場に立ち尽くしている。
 もし、私の前に1人もいなかったら、私は150円、その少年の手に握らせただろうか。いや、それは少年を一層傷つけるかもしれない。周りの大人たちの沈黙は、少年に出直せと言っているのと同じだ。彼はその視線に押し出されるように、お金を掻き集めるとその場を立ち去った。
 私は、一瞬少年を追いかけようか迷ったが、足は床に吸い付いたままだった。その時、レジの中にいた年配の女性店員が少年の後を追った。「これ、明日から値引きしようと思ってたんですよ」。少年にそう言いながら、レジの中の若い店員を振り返る。
 「一日ぐらい早くたってかまわないわね?」 若い店員は、うんうんと何度も頷いていた。その間、ずっと成り行きを見ていた他のお客様も、いっせいにうんうんと頷いた。
 「お父さんへのプレゼントかい?」どこかのおじさんが声をかける。「はい」少年が始めて顔を上げた。
もちろん、翌日もその翌日も、3000円以下に値引いたネクタイなど1本もなかった。

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