年度別受賞作品
退職や転居等により氏名公表許諾未確認の方のお名前は割愛させていただきました。
作品ジャンルで探す
作品カテゴリーで探す
キーワードで探す
各記事には関連キーワードを設定しています。
自転車・メガネ・子供・感激…などキーワードを入力してください ※複数は(カンマ区切り)

心からの〝ありがとう〟

第09回 2005年度 受賞作品
入賞作品
作者名:(氏名割愛)
所属企業:婦人服販売店勤務

記事(紹介文)

 
 販売の仕事を始めて年、私は小さな壁にぶつかっていました。1年目は仕事を覚えるのに精一杯でしたが、2年目になるとだいぶ仕事にも慣れ、数字もとれるようになっていました。入社後からずっと課題としていたのは顧客づくりです。メンバーズカードのお勧めや販売カルテ、サンクスDMの郵送などを地道に行なっていくうちに、どうにか顔と名前の分かるお客様が何人かできましたが、その頃、私は毎回毎回同じことの繰り返しで自分がやっていることが、本当に実になるのか確信が持てずにいました。
 店長からは「今度は違った角度からアプローチしてみたら」とアドバイスをもらいました。そこで名前を覚えてもらおうと、手作り名刺を作って配ることにしました。配り始めて2ヶ月。成果が顕著に表れないがゆえ、またもや私に不安が襲ってきました。名刺の効果はあるのだろうか。無駄なのではないか・・・。そのような中、私は1人のおばあさんと出会いました。
 ある日、夕食の買い物をすませ、両手いっぱいに荷物を持ったおばあさんが、店内につかつかと入ってきました。どうやら飾ってあったブラウスが目に止まったようでした。私は、「素敵な柄のブラウスですよね」と声をかけると、「とっても素敵ね。うちのお嫁さんにどうかなと思ってね」と、にこっと微笑まれました。私もそんなおばあさんの優しい心づかいに嬉しくなり、お嫁さんに似合いそうなコーディネイトを一緒に考え、提案してさしあげました。おばあさんは嬉しそうに、「絶対お嫁さんに着てほしいわ」とおっしゃってくれました。しかし、サイズや好みが本人に合うか心配なので、お嫁さんが遊びに来た時に連れてくるということになりました。いつ来られるかは分からないから、お取り置きもしなくて良いとのことでした。そこで私は、自作の名刺の裏にコーディネイトしたアイテムの品番と値段を書き、おばあさんに渡しました。もし、自分がいなくても、すぐ商品を渡すことができるからです。
 「もし、お嫁さんが遊びにいらして、興味がおありでしたら、藤原までご連絡下さい。お品物揃えてお待ちしておりますので」。おばあさんは、深々とおじぎをして帰っていきました。そのようなやりとりがあったことをすっかり忘れていた頃、休み明けに店に出勤すると、同僚が「昨日、藤原さんあてにお客様いらっしゃったよ」と言いました。あのおばあさんでした。お嫁さんと息子さんを連れて来店してくれたのです。来店前にお店にお電話をしていただいたため、他のスタッフもスムーズにお品物を揃えておくことができました。私とおばあさんが選んだブラウスとスカートは、お嫁さんにぴったり! とてもよくお似合いで息子さんもとても喜んでくれたそうです。
 そのことを聞きとても嬉しく思いました。正直、名刺を渡したことも忘れかけていましたし、きっと来ないだろうなと半分あきらめかけていたからです。それがどうでしょう。おばあさんは私を頼ってお電話までしてくれ、約束通りお嫁さんと一緒に来てくれたのです。もちろん、私のコーディネイトをした服をお嫁さんがとても気に入ってくれたことも嬉しかったのですが、おばあさんが私を訪ねて来てくれたことがとても嬉しかったのです。自分のしてきたことに不安でいっぱいだった私は、おばあさんが必ず来てくれる、とは思えなかったのです。そこに気付かされました。お客様に精一杯のおもてなしをすれば、必ず伝わっているということに。そして、対応したスタッフが思いがけないことを言いました。
 「あのおばあさん、藤原さんに本当に親切にしてもらって感謝してます、って何度も何度も言ってたよ。ありがとうって、何度も! 聞いてて私も、感激しちゃった」と。それを聞き、思わず涙があふれ出てきました。あのおばあさんにそこまで喜んでいただけるなんて思ってもみなかったのです。初めて人のお役に立てた、喜んでもらえたと実感できた瞬間でした。おばあさんの「ありがとう」「ありがとう」と何度も言う姿が思い描かれ、胸を打たれました。その言葉で今まで自分が地道に努力してきたこと、全てが無駄ではなかった、私のしてきたことは、きちんとお客様に伝わっている、という自信に変わりました。
 この出来事をきっかけに、私の中にあった不安な思い、悶々とした思いは、きれいにぬぐわれ、お客様のお役に立ち、喜んでいただく喜びこそ、私の選んだ仕事の醍醐味であると実感できるようになりました。おばあさんの「ありがとう」の一言に救われました。霧に包まれた私の心を、澄みきったものにしてくれました。私はそんなおばあさんに出会えたこと、心から感謝しています。
〝ありがとう〟。心に染みた一言でした。 

タグ(関連キーワード)

コンセプト 審査委員長紹介 お問い合わせ 日本専門店協会サイト プライバシーポリシー
Copy right (c) Japan Specialty Store Association All Rights reserved 2009.