年度別受賞作品
退職や転居等により氏名公表許諾未確認の方のお名前は割愛させていただきました。
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販売の一歩目

第09回 2005年度 受賞作品
入賞作品
作者名:(氏名割愛)
所属企業:パン販売店勤務

記事(紹介文)

 
 我慢だ。忍耐。接客というのは忍耐が肝要。忍の一字で素敵スマイル。それが以前のポリシーだった。
いつもより安いミニクロワッサンに、たくさんのお客様が集まっていた。レジには長蛇の列。笑顔で孤軍奮闘していると、いきなりお客様が列に割り込んできて、「おい、わしには500グラムを5つ取っておけや」。それだけ言って帰られてしまう。
 「へ?」である。この長蛇の列ですよ。やはり、並んでいるお客様が優先されるわけであり、やっぱりそうなるかなあ。品切れになってしまった。その五分後、当のお客様が見えられる。
「おい、なんでパンないねん? 取って置け言うたやろが!」
「申し訳ございません。本日はお買い得の日で、お客様が多く見えられるため、予約はできないんですよ。他のお客様もお並びでしたので・・・」
「こら、このボケ。わしは、ここまで来た言うとるやろが。取っておけ言うて、お前が、はい、言うたんちゃうんか?(言ってない、言ってない)それで、無いとはどういうことやねん、こら」
もうね。俺が独裁者だったら、言うね。
「パンがなければケーキを買いなさい」。
「大変、申し訳ございませんでした」。店長と一緒に頭を下げる。少し待っていただき、新たに焼きあがったミニクロワッサンを持って帰ってもらう。その間、激しく罵倒などされる。嫌だなあ。あの客、二度と来てほしくない。しかし、我慢アンド忍耐。他のお客様には関係ないからな。忍耐スマイルで仕事や。そう考えていたのだった。自分は接客販売のことを何も分かっていなかった。自分の正しさに固執するばかりで、お客様のことを考えていなかった。
 偶然、見かけたのだった。そのお客様が、お孫さんと一緒に、クロワッサンを食べているのを…。自分は子供の頃、デパートにあったケーキアイスというのが大好きだった。時々しか食べられなかったが、世界で一番おいしいと思った。そんなことを思い出した。このパンでなければ駄目なんだ、と思った。ケーキじゃ駄目なんだ。代用不可能な幸せ。
「こんにちは、おいしい?」
自然と挨拶していた。自分を見る男の子。
「店のお兄ちゃんや」。その子は、何も言わず食べ続けていただけだったが、自分には充足感があった。
「さっきは無茶言うたのう」。
「いえ、良かったです。食べていただけて。先ほどは失礼しました」。
自然と頭が下がった。驚いた。
「もっと、買う」唐突に、その子が言った。2人で笑った。
「それは多いやろ? また今度買わせてもらうわ」。
「ありがとうございます」自分は笑顔だった。笑顔なんて自然に出た方が良いに決まっている。目の前の人の幸せを願うことで。我慢じゃない。一期一会、その人に幸せになってもらいたいという心。それが、販売の第一歩なのだと、今は思っているのである。

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