年度別受賞作品
退職や転居等により氏名公表許諾未確認の方のお名前は割愛させていただきました。
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車椅子

第09回 2005年度 受賞作品
入賞作品
作者名:加藤義質
所属企業:㈱新星堂 新宿NSビル店

記事(紹介文)

 
 今から14年前のことです。私は埼玉県の南越谷店に勤めていました。ある日仕事を終えて部下と一緒に武蔵野線に乗り、南浦和で京浜東北線に乗り換えようとした時でした。ホームから階段に向かって降りようとすると、1人の青年に声を掛けられました。「スミマセン、車椅子を階段の下まで運んでくれませんか」。その青年は障害を持っていました。私と部下は「いいですよ」と言い、車椅子を持ち上げようとしたのですが、これがものすごく重い…。大きなバッテリーを積んだ電動車椅子で、とても2人では無理。周りの人に声を掛け、計五人でやっと階段の下まで持って降りました。
 それから10年後、私は大宮ヨーカドー店に転勤し、この店で出会った車椅子の少年(当時高校生)と仲良くなりました。彼はGLAYというバンドが大好きでファンクラブにも入っていました。新曲が出る度に目を輝かせてお店にやって来ます。この当時はお母さんが車で送り迎えをしていました。GLAYの話やギターの話になると、もう楽しくて仕方がないという感じでした。コンサートにも必ず車椅子で出かけます。関西や北海道のコンサートにも友だちと行くようになりました。成長しました、GLAYと共に。
 私はまた転勤で店が変わりました。今度は新宿。彼とは大宮で2年間お付き合いをさせていただきましたが、新宿となると(それも駅から一五分位歩くので)もう車椅子では来られないかなと思いつつ転勤の話をしました。彼は一瞬残念がっていましたが、すぐ気を取り直して「新宿いきますよ」と言いました。私もいつもの調子で「たいへんだけど良かったら来てね」と答えて、大宮での最後の会話を終えました。
 新宿NSビル店に転勤してしばらくたったある日、山中君(大宮の彼)が車椅子で店の中に入って来たのです。3ヵ月後の再会なのに、何年も会っていなかったような気がして思わず近寄って握手をしてしまいました。「よく来てくれたね。大変だったでしょう?」「電車混んでなかった? 駅からはどうやって来たの?」私の矢継ぎ早の質問に、笑顔で彼は「ぜんぜん大丈夫だったよ」と。
 それから1年後、彼はまたGLAYのコンサートへ行きました。中国の北京へ、もちろん車椅子で…。その後北京ライブの報告に来てくれた時も「たいへんだったでしょう、大丈夫?」などと話しかけた私に彼は「そんな心配しなくて大丈夫だよ」といいました。そのとき私はようやく気が付きました。彼は障害を持っていて車椅子に乗ってはいるが、心は健康そのもの、健常者と何ら変わりはないんだと。
 それからも彼は何回か新宿まで来てくれました。私は普通に出迎え、普通に送り返しています。音楽が好きで今の会社に入った私ですが、今本当に音楽に感謝しています。色々な出会いを音楽が取り持ってくれたことに…。

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