心の部分

第10回 2006年度 受賞作品
優秀賞作品
作者名:石井裕之
所属企業:㈱新星堂 柏店

記事(紹介文)


 店舗販売という仕事を長く続けていると思うのですが、時代や環境で物事が変化していくなか、商品や売り方、流通までもスタイルを変え、自分自身も尻をたたかれながら前についてきました。
 ただひとつ変らないものがあるとすれば、人と人の間で生まれる「心の部分」だと思います。最近、7年ぶりに異動で、元いた地域の店に戻ってきました。町並みや人混みまで全てが変わっていて、たった数年でこんなになるのかと驚きましたが、店に出ると意外にも昔のお客様から声をかけられます。「高校生の頃、よく店に来ていた…」「バイトしてはギター買っていたの覚えてますか」「弟と店へ来てよく話を…」「まだ名刺を持ってますよ」など、個々の顔・形は正直、半信半疑ですがなつかしいというよりは嬉しいという感謝の気持ちが大きいです。今後、営業も管理も物事全てがデジタル化され、PCで人が動かされ、接客も機械化となれば店舗内でこんな会話は消えてしまうでしょう。
 転勤前の北関東郊外にある店でちょっとしたエピソードがありました。ある日、肩から大きなショルダーバッグと手にはビジネスバッグを持ったスーツ姿の男性がしきりにクラリネットをのぞきこんでいました。近くで声をかけると「これを九州福岡へ送ってもらえますか」と言われるので、簡単な説明をしながら手配の準備をしていると、「実はあなたにお願いがあるのですが、娘の誕生日にプレゼントで送ろうと思うのですが、中に簡単なメッセージを一言、最後に父よりと手紙を入れてほしいんです」。そう言うと照れくさそうに頭をかきながら、「仕事で一年中出張で家をあけているもので、毎年気にはしているんだけど渡せなくて。娘にも嫌われているみたいだし、こういうの苦手でね。ダメかなあ」。「私なりの言葉でよろしければ」とつい言ってしまいました。
 「さてどうしよう」と考えたあげく、ストレートな気持ちの文章を書いた封筒と店員よりと記した別の封筒を用意して、プレゼントの中へ入れて送りました。後日、福岡の娘さんから電話がありました。無事にプレゼントが届いたこと、部活の定期演奏会で使うこと、父よりの手紙の文章は父親の言葉ではないこと、でも嬉しかったこと、それと店員さんの手紙の約束のこと、それだけ話すと電話は終わりました。
 九州訛りが気持ちよく響いて耳に残りました。さらに数日後、お父様が店に見えられ、何度も頭を下げながら、「娘とあんなに長い時間、電話で話をしたのは初めてです。ありがとうございました」と言うと次の出張先へ足早に向かわれました。長電話の内容はどんなやりとりだったのか聞こうと思いましたが、(野暮かな)と想いを込めて、その背広姿に一礼をしました。
 店員よりの手紙の内容は、<今度帰られた時、このクラリネットで1曲お父さんだけに演奏してあげてください。これを選ぶのに大変だったのですから。いいお父さんですね>。こんな感じだったと思います。ひとつの商品が大きな意味を持って人と人の想いを形にしていく。それを見届けるところに位置しているのが販売員の楽しさかも知れません。今も私の「心の部分」は元気です。

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