明日は新しい日

第10回 2006年度 受賞作品
入賞作品
作者名:(氏名割愛)
所属企業:靴販売店勤務

記事(紹介文)


 販売を通して日々沢山のお客様と出会い、数えきれない程のエピソードがあります。昨年お会いしたご年配のお客様との出来事をご紹介したいと思います。 
 表のドアが開くやいなや、すごい形相で駆け込んで来られたお客様の第一声。「どうしてくれるのよ! 靴壊れちゃったわよ、大好きで大事にしていたのに、なんとかならない、ネェ…」と矢継ぎ早に繰り出される言葉。お話を伺うと、大好きなパンプスでハイキングに出掛けて雨に会い、ドロドロ道を歩いたと。 すると見るも無残な靴が紙袋から出現。担当者はあいにく休み。その旨をお伝えすると肩を落とされてしまいました。
 「私にさせて頂けませんか?」とお願いすると不安そうなご様子。「大丈夫です。出来る限りやってみます。きっとお靴元気になりますよ」と。さあそれからが大変。お客様の不安を取り除くことが先決。普段は裏でするお手入れをお客様のご了解を頂き目の前でお手入れのお店オープンです。さあ、デモンストレーションの始まり始まり! ご紹介が遅れましたが、ヒロインは汚れてカサカサになったパンプスです。元々甲廻りにエラスティックが入っていて、置いておくとそっくり返った姿が可愛らしい。だけどこの姿こそお客様が壊れたと表現されたそのもの。ではお客様、お手入れを始めます。
 「第1段階」と声をお掛けすると身を乗り出してご覧になられます。固まったドロ汚れをブラシの柄で取り除き、細かい砂はブラッシングし、次にさっとから拭きします。ここ迄よろしいですか、とお顔を見上げるとニッコリ。 次に「第2段階」エナメル部分とゴムに気を付けてクリーナーで汚れを落とし、さっと拭いたらそれぞれの素材にあったクリームを塗ります。最後はクリームを良く拭きとりますよ!革も呼吸しています。私たち女性の肌と一緒なんです。ご自分のお顔をお手入れするように汚れを落とし、クリームを塗る。決して厚塗りは駄目です。本当に同じなんですよ!!(笑)
 そんなお話を交えながら手順をご説明していると、「貴女楽しそうね。まるで手品みたい」とニッコリ。「楽しいですよ、どんどん綺麗になりますから」とピカピカに仕上がったお靴を目の前に差し出すと、「でもまだ壊れたのが直っていない」と一声。思わず私も、「あぁ、これですか? お客様、これは壊れているのではないんです。甲廻りにゴムが付けてあるんですよ!置いてあると可愛いでしょ、くるんと返っていて。これがあら不思議、お履きになると足を包み込んで、しっかりと足に付いてくるようにデザインされているんです」とご説明すると「なんだ、そうだったんだ。私、メチャクチャに履いたから何かが切れてそっくり返ったのかと思ったのよ。知らないって怖いね」と大笑い。
 ケア用品をお買い上げ下さり、「あなたみたいに楽しそうに靴磨いてくださったの初めてよ。顔の手入れと同じように明日からやってみるね。楽しかった。本当にありがとう」とのお言葉を頂戴し、ホッと一息。帰りがけに「また来るからね」と手を振る後ろ姿に、明日への元気を頂いた嬉しい出来事でした。
 売場に立ちふっと思うことがあります。人と接することが苦手な私がなぜこの仕事を選び、続けてこられたのかと。それはお客様の笑顔が見たいから、それに尽きるような気がします。ドアを一歩入った瞬間の感性のぶつかり合い。そして言葉の遊び。お買物を楽しんでお帰り際にお見せ下さる笑顔。何よりも至福の瞬間です。お客様に日々育てられ、お客様をも育てていく。そんな仕事に大きな誇りを感じているからに違いありません。
〝明日は新しい日〟。どんなお客様が待っているか楽しみです。

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