新書~新しい発見の書籍~

第10回 2006年度 受賞作品
入賞作品
作者名:関和一樹
所属企業:㈱三省堂書店 新宿店

記事(紹介文)


 おじいさんがサービスカウンターにいる私に声を掛けた。大きく膨らんだボストンバックに紙袋を両手に持っている。ニコニコした表情がとても穏やかで、何か優しさが感じられる口調で私に書籍の在庫検索を頼んだ。探している本は落語に関する新書でさっそく書籍検索をした。すると当店に1冊の在庫表示があった。他の店舗には在庫がなく、もし当店になければ取り寄せで10日ほど時間はかかってしまう。
 新書の棚は出版会社ごとに分かれているので、探すのはとても簡単だ。私はさっそくこの新書がある棚へと向かった。そして棚を探すがこの新書が見つからない。念のため棚の下にあるストックを探しても見つからない。
 急いでサービスカウンターに戻り、おじいさんに取り寄せ対応になってしまうことを伝えると、「10日後にこちらに受け取りに来ることができないので…」、と困った表情で私を見た。ゆっくりと椅子から立ち上がり、さっきまでのニコニコした表情で「ありがとうございました」と言い、再び両手に大きな荷物を持ちその場を去っていった。
 あの優しげなおじいさんの期待に応えられなかったこと、在庫表示があったにもかかわらず棚になかったこと、見つけられなかったことに私は少しやるせない気分になった。どうしてもその新書を見つけたい。諦めきれずに私はもう一度棚へと向かった。やはり先ほどと同様に棚にはその新書はない。ストックにもない。他にはと考え、そして思いついたのはまだ梱包されたままのダンボールの中にあるのではないかと。夕方には明日の朝開梱されるダンボールが必ず10箱程度あるのだ。
 無造作に積まれたダンボールから新書の入っている箱を探した。一番下にあったが、あの優しげなおじいさんの期待に応えたいと思う一心でダンボールを取り出し、中に入っている新書を1冊ずつ確認した。その新書が出てきた。
 おじいさんが立ち去ってから少し時間は経っていた。もうこの店内にいるとは限らない。それでも探し回ったが、やはりもう店内にはいないようだ。新書は見つけられたのに、渡すことができなかったという無念な気持ちだけが残った。
 サービスカウンターに戻る途中ふとエレベーターの方に目をやると、人ごみの中にあの大きな荷物を持ったおじいさんがいた。エレベーターが来る前にと思い、私は急いで駆け寄った。先ほどのお詫びを言い、おじいさんの目当ての落語の新書を確認するように見せると、さっきまでの優しげな表情がさらに喜びの表情へと変わるのがわかった。
 レジへ向かう途中、「おじいさんはこれから病院へ行き入院するのだ」と私に言った。だから大きな荷物を持っていること、10日後に受け取りに来られないことをすぐに理解した。何度も丁寧に「ありがとうございました」と言い、最後には深々と頭を下げておじいさんはお店を後にした。私も今までにない「ありがとうございました。またどうぞお越しくださいませ!」を言うことができたと思う。
 まだあのおじいさんは入院しているのか、それとも退院できたのか、わからない。けれどあの1冊の新書によっておじいさんの病室での時間を少しは有益な時間に変えることができたのかと思うと、今でもあの時の喜びは忘れられない。私のお店には何千何万という書籍がある。その全ての書籍にお客様の満足と喜びが詰まっていることと思いながら、毎日書籍と触れ合っていきたい。 

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