〝諦めないで済んだ〟お店

第10回 2006年度 受賞作品
入賞作品
作者名:(氏名割愛)
所属企業:一般

記事(紹介文)


 「おもしろいものだね。あくせくして集めた金や財産は、誰の心にも残らない。しかし、かくれた施し、真実な忠告、あたたかい励ましの言葉などは、いつまでも残るのだね」。三浦綾子氏の『氷点』の中の一節である。三浦氏の著作は友人の大のお気に入りである。その友人とショッピングをした帰りに、ふと教えてもらった一節である。
 その友人は生まれつきの障害で、車椅子生活である。右手と左手の長さも違うため、いつも洋服選びや直しには一苦労である。彼女はセンスが良く、自分の服選びも凝っていて、決して障害があるから<楽なもの>なんて着ないのだ。おしゃれで洋服が大好きで、はつらつとしていて私は大好きだ。だからショッピングはいつも一緒である。とはいえたいていのお店では、いつも「これ以上は直せません」的発言を受ける。そこで私たちがめげないでいると、直しがどんどん多くなり値段がどんどんつりあがってくる。だからショッピングに行く時は、その日丸一日をかけて1着買えれば良いくらいの気合でお店を梯子するのである。
 ところがある日、地元でちょっとしたブティックを見つけたのである。たくさんヒラヒラしたものがついた個性的な服をウインドウで見つけたのだ。これだったら絶対彼女が気にいる服だと思い、2人で出かけていったのである。車椅子が店で邪魔になると思ったのだが、40歳くらいの店員さんは、快く鏡を移動して車椅子の前にセットしてくれたのである。右手や左手の長さの違いも親身に相談にのってくださり、全部直すと額があがってしまうので、ここは安全ピンで内側から抑えたら着られるとか、手で押す車椅子にひっかからないように、もうちょっと短くした方が汚さないだろうとか、もう感動するくらいに優しい店員さんだった。友人はいつも、どんなに気に入った服があっても諦めることが多かった。それなのに、難しいつくりをしている個性的なその服を、「そんなに気に入ってくれるのならば、是非長く着て欲しい」と言ってくれたその言葉がどんなにか心に響いたことかと思う。
 美容院もレストランも洋服選びも諦めることが本当に多かった。<面倒くさくないお客>的扱いを受けたのはこの店が初めてで、私たちは本当に嬉しくて仕方がなかった。その後もこのお店に通うこととなったが、この時買った服がいちばん私たちの気に入っている洋服である。何より、あの店員さんが親身になってくれたその暖かさが忘れられない。
 「好きな服は諦めずにここにもってらっしゃい。工夫の仕方を教えてあげる。女の子なんだから、おしゃれしなくっちゃ。頑張ってね」。帰りがけのこの言葉に、友人が両手で顔をふさいでしまった。嬉しくて、涙が出たのだ。つられて私もついポロリと泣いてしまった。忘れられないお店である。

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