教科書

第12回 2008年度 受賞作品
優秀賞作品
作者名:松田真由美
所属企業:㈱ドンク 西神そごう店

記事(紹介文)

 人と接する仕事がしたい。
ジムや営業など様々な経験をしてみて、自分が好きな仕事はコレだ! と接客の仕事に入って約五年になりますが、日々その楽しさや難しさに直面しています。
 私の笑顔に笑顔で応えてくださったり、ここの商品が大好きといってくださるお客様に出会うと、元気もやる気もどんどん出てきます。逆に、お客様に不快な思いをさせてしまったり、お叱りを受けたりすると自分の未熟さに嫌気がさします。でもそれは、いまの自分が成長できる大事な教科書をもらったのだと思って日々励んでいます。
 週に1、2度来店してくださるお客様で困った方がいました。少し知的障害があるようで、いつもは腰の曲がった年配の母親と一緒に買い物をするのですが、時々1人でも来店されるのです。感情のコントロールが難しいらしく、自分の目当ての商品がなかったりレジ待ちをしなければならなかったりすると、フロア全体に響き渡る程の大声で怒鳴り散らし、他のお客様にも怒りながら話しかけるのです。
 母親は、来店する度に「あの子が1人で来たら皆さんに迷惑かけてるんと違う? ほんとにすいませんね。」と、申し訳なさそうに謝っていくのですが、苦笑いで応えるしかありません。初めのうちは百貨店の係員が何事かと飛んできましたが、何回目かになると「またあの人か。」という雰囲気で見て見ぬ振りになりました。従業員の間でも、彼女が来店すると、怒られないように細心の注意を払っても結局怒鳴られながら接客しなければならないので「他のお客様の迷惑やし、もう来てほしくないね」。と言い合ったりしていました。
 確かに困ったお客様まですが、わざわざ自店を選んで来店して下さっているお客様を、私達が選り好みしてもいいものでしょうか? 何とかこのお客様にも気持ちよく買い物をしていただきたいと思い、いろいろと作戦を練った末、私を覚えてもらって友達のように思っていただいて買い物をしやすい空気をつくろうと決めました。
 いつも買う商品や好みの袋詰めの仕方などを頭に入れて、あれこれ注文される前にご用意し、来店されたら、まず目の前まで行って挨拶をし、会計中もたくさん話しかけるようにしました。初めのうちは目も合わなかったのがだんだん合うようになり、挨拶も返していただけるようになり、軽く世間話が出来るまでになりました。そうすると、自然に彼女のヒステリーの回数も減ってきて、「またね!」と笑顔で帰っていかれる日の方が多くなり、店の前を通りすがった時には私を探して、「今日は買わへんけど、また来るわ!」と大きく手を振ってくれたりしていました。少しは気を許してくれたのかなと思っていましたが、それからしばらくパッタリと姿を見せなくなってしまいました。
 2、3ヶ月ぶりに来店いただいた時に「久しぶりですね」と声かけすると、「おかあちゃんが入院してたから来られなかったけど、また来るで。」といつもの商品を手に笑顔で帰っていかれました。この時はじめて、今までやってきたことは間違いではなかったと実感することが出来ました。
 彼女との出会いがなければ、きっと私は今でもややこしいお客様に対して、それなりの対応しかせずに商品を売るだけの接客しかできない販売員でいたかもしれません。〈どんなときにも感謝の気持ちを忘れずにいれば、それは伝わる。〉という教科書を彼女からもらいました。
 お客真が店に入って出て行かれるまでのほんの数分の中に、私たち販売員ができることはそんなにたくさんありません。たくさんないから少しの時間に私たちの気持ちを精一杯つめて、お客様からの教科書も1冊1冊ムダにしないように、まだまだ遠い理想の販売員への道を進んで行きたいと思っています。

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