ちはるちゃんが教えてくれたもの

第12回 2008年度 受賞作品
入賞作品
作者名:中村香子
所属企業:㈱三省堂書店 そごう千葉店

記事(紹介文)


 書店で児童書売り場を担当していると売り場に置いてけぼりをくっているものをよく見かける。それは違う場所にあったはずの本だったり、本に挟まれているはずのスリップだったり、ウルトマンの人形だったりするのだが、それと同じくらいの確率で見かけるものがある。それは迷子である。売り場に取り残された彼らは他のなにより自己主張が激しいため、すぐに目を付く。先日も1人、迷子を見つけた。
 彼女の名前はちはるちゃん。小学校1年生で、くりっとした目とおさげの髪がかわいらしい女の子だった。おばあちゃんと買い物に来てはぐれてしまったという。「今放送でおばあちゃん呼んだからね。それまでご本読んで待ってようか?」 提案すると彼女は少しだけ落ち着き、頷いた。私はちはるちゃんのために、女の子に人気のあるプリンセスやバレリーナなどの可愛い絵本を見繕った。しかし、喜んでくれると思っていた彼女の反応は意外なものだった。
 「あんまりすきじゃない」、そう呟き、彼女は興味なさそうにページをめくる。私はおや、と思った。女の子はきらきらした可愛いものを好むと思っていたし、実際それらは店頭でも女の子たちに人気のある絵本だったからである。
 保護者を待つ間迷子に読ませるだけだし、その本で我慢してもらうのでもよかったのだが、本屋である以上、お客様が心から気に入ったものを提供したい。今度はあたたかみのある絵が特徴の動物の絵本を持ってきたが彼女の返答はまたしても「あんまりすきじゃない」。今度はページを開こうともしてくれない。彼女は一体どういう本がすきなのだろうか?
 「ちはるちゃんはさっきまで、何を読んでいたのかな?」 目線を合わせて私が尋ねると、彼女は「おばけやしきのえほん。とびだすやつ」と答えた。お化け屋敷の飛び出す絵本といえば、確かに平積みなってはいるが、読んでいるのはもっぱら男の子たちである。女の子が読むには意外に思えたが私は心細そうな顔をしている彼女に笑ってほしかった。再び持ってきた絵本に、彼女は喜んで手を伸ばした。「これ、もってる」といいながら、ページを開いて私に説明してくれた。中身をまじまじと見たのは初めてだったので、私はちはるちゃんと一緒にその本を楽しんだ。
「ここに猫がいて、ここにはUFOがいて…」
「本当だね、いっぱいいろいろな仕掛けがあるんだね」
「そうだよ。しらなかったの?」
「うん、おねえちゃんこれ読んだことなかったよ」
「おみせのひとなのに、へんなのー」
 彼女は楽しそうに笑った。ようやく見れた彼女の笑顔に、私も嬉しくなった。そして2人で読むこと19分。3冊目に入る辺りで、おばあちゃんが彼女を迎えに来た。絵本を投げ出す勢いでおばあちゃんに抱きついた彼女の目には涙が光っていた。やはり心は不安でいっぱいだったのだろう。ひとしきり彼女を宥めた後で、私は2人のために事務所の扉を開いた。頭を下げ、安堵した表情を見せるおばあちゃんと手をつなぎ、ちはるちゃんは歩き出す。「また来てね」と小さく声をかけると、彼女はくるりと私を振り返った。そして、小さく手を振ってくれたのである。
 営業時間中の、小さな小さな出来事だったが、彼女は私にいろいろなことを教えてくれた。男女の先入観は捨てること。(お化け屋敷の絵本を少し女の子向けの平台に近づけてみたら、店頭で読んでいる女の子が増えた)次に、担当ジャンルの本はどんなものでも一度は目を通すこと。(例え読んでいなくても、お客様から聞かれたら一緒に楽しむこと)
 そして、どんな状況でも、お客様に楽しんでもらうのが本屋の役目であること。
 またどうぞお越しくださいませ。私は手をつなぐ2つの背中に、心から頭を下げた。

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