カメ仙人

第12回 2008年度 受賞作品
入賞作品
作者名:桑原由美子
所属企業:㈱虎屋 羽田空港店

記事(紹介文)

「おぉ、また来たよ。」
以前働いていた売場で出会ったお客様。頻繁にはいらっしゃらないが、偶然にも毎回私が対応する。
 ある日のお昼頃━。何気に売場の周りを見渡していたら、遠くでこっちを見ている人がいた。明らかに誰かを探している。顔はボヤケてよく見えなかったので、こちらもずっと見ていた。その人はユックリと売場に近づいて来た。よく見ると……いつも私が対応するお客様だった。そのお客様とはよく世間話や家族の話、健康の話をしたりする。いや、聞かされるといってもいいかもしれない。
 オントシ92歳。腰は曲がっていないが、杖をついてカメのようにユックリユックリ歩くカワイイおじいちゃん。毎回必ずお茶菓子を買ってくださる。おじいちゃん、杖、眼鏡、カメのようなスローペース……。失礼ながら後輩と2人で「カメ仙人」と名付けた。
 「さっき、遠くから見ていましたよね? 誰か探してましたか?」
すると予想もしていなかった答えが……
「アンタを探していたんだよ。いつも良くしてもらっているから……」
ナゾが解けた。偶然じゃなかった。カメ仙人は買い物に来てくれるたびに売場をのぞいて私がいるか確かめていたのだ。話だけ聞けばストーカーのようで恐い気もするが…(笑)、相手は高年齢のおじいちゃん。予想外のお得意様?ができてスゴクうれしかった。
 それ以降、カメ仙人は変わらず偶然を装ってたびたび来てくださるようになった。売場の前の通路を2回も3回も歩いたり、近くで視線を送ったり……必ず何かしら「気付いてくれオーラ」を出してくる。かわいらしい。たまに私も気付かないフリでイタズラをしたりする(店頭混雑時は目の前のお客様が優先デス…)。突然パッと目を合わせるとニコッと笑って、「おぉ、また来たよ。」必ずこの一言。他の売場へ買い物に来られる時も私がいるときは必ず最初に来てくださる。「最初にココに来てアンタと話をしないと調子が狂っちゃうんだよ。」
 私はこのお客様…ではなくカメ仙人に特別な接客をしている訳ではない。「こんにちは」「いらっしゃいませ」「いつもありがとうございます」「今日は暑いですね」「お気をつけて」。変りもない接客なのに、とても素敵な笑顔でお帰りになる。自分で言うのもおかしいが、私はカメ仙人に元気のミナモトを与えているのかもしれない。いや、私がもらっているのだ…。今まで接客をしてきて初めて感じたことがイッパイあった。いろいろと気付かせて下さった。
 カメ仙人のおじいちゃん……本当にありがとうございました。もし60歳若かったら。
ご想像にお任せします(笑い)。

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