年度別受賞作品
退職や転居等により氏名公表許諾未確認の方のお名前は割愛させていただきました。
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心に残った!~エピソード1~

第12回 2008年度 受賞作品
入賞作品
作者名:諸石奈保子
所属企業:㈱オカダヤ 新宿本店

記事(紹介文)


 その日もいつも通り対応をしていただけだった。特別なことなんて何もない。ピロピロ。いつものように電話がなる。
「こちら新宿オカダヤ衣装生地売場の諸石でございます」「配送をお願いしたいのですが」「はい、かしこまりました、商品名はなんでしょうか」。「サテンをお願いしたいのです」。
 聞くところによるとお客様は60、70近くのお歳で、お孫さんに服を作ってあげようとしていて、でもまだデザインは決まっていなくて、決まっているのは、水色のサテンとそれに合うオーガンジーを2色。これから忙しい午後。選んで配送の準備ができるのは今。じっくり選びたいと思いつつもそうはいかない12時過ぎ。直感で何本もカット台にひろげ、急いで生地の選別にとりかかる。時間にしておそらく10分。さっさとカットして、さくっと伝票書いて、それぃっと配送する。
 いつも通りの対応をしただけだった。特別なことなんて何もないと思っていた。
 次の日私は仕事が休みだったし、すぐこのお客様のことは忘れてしまっていた。頭の中をリセットして出勤し、電話を受けた日から数えて次の次の日、私宛に1通のFAXが届いていた。
「担当のモロイシ様、かわいい布でありがとうございました。おまかせいたしました布で気に入っています。少量の発送でしたが、とても感じよく対応していただき嬉しく思っています。孫にかわいいおよばれ服を作らせて頂きます。モロイシ様ありがとうございました」。 私の心臓がドキンと久々に鳴った。手書きで書かれたそのFAXは顔の見えないお客様の、声でしか触れていないお客様の私への感謝の気持ち。時間にしたら10分もない。私の中でさして印象もない。だけどこんなにもお客様の心に残るなんて。私はこのFAXで気付いた。私にとって覚えきれないくらいたくさんいるけれど、お客様にとってオカダヤの販売員は私1人なのだ。
 私にとってあのお客様が毎日訪れる100人のうちの1人でも、お客様にとってオカダヤの販売員は、あの日電話を受けた私、ただ1人なのだ。私の心にその日からある感情が生まれた。お客様の心に残りたい。心に残る接客がしたい。そしてお客様の個々に残るだけでなく私の心に残していきたい。
 時々FAXを見て、想い、描く。ニコニコ顔の女の子とおばあちゃん。女の子はシンデレラのドレスみたいなパステルカラーの空色サテンを身にまとい、おばあちゃんはそんな女の子の手を握り、2人見つめあいながら出て行くのだ。
 これは私の心にこれから沢山残っていくであろうお客様の、記念すべき最初のはなし。

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