少女と介助犬

第12回 2008年度 受賞作品
入賞作品
作者名:植田旭彦
所属企業:一般

記事(紹介文)


 ある1軒の洋食レストランで私が食事をしているときに、その出来事に遭遇しました。昼時のためか、7脚のテーブルのうち5脚が埋まっていました。突然、ガタンという物音に客の視線が注がれました。入口のドアに車椅子がぶつかったのです。そこに、16、7歳と思しき車椅子の少女と、そばに犬が寄り添っていました。
 女店員が駆けつけるや否や、その少女は瞳を潤ませて訴えました。「食事をさせてもらえますか? お願いします。」「申し訳ありません。犬を店内に入れるのはお客様にご迷惑がかかりますので……」、女店員は恐縮しながら伏し目がちに言いました。「この犬は介助犬です。今日は5軒で断られました。助けてください。」なんとも遣る瀬無い静寂が淀んでいました。
 「わぁっ、犬だよ。ママ、かわいい、おねえちゃん、一緒に食べよう。」「ケンタ…」、母親が背を屈めて後を追いかけました。ケンタの一言で緊迫した店内にゆったりとなごみの空気が流れました。「ケンタちゃん、えらいね。」 老紳士は長い白髪に手をかざしました。目尻にはやわらいだ皺が波打っていました。私は拍手でケンタを称えました。
 ただならぬ事態にシェフが青い顔をして飛び出てきました。シェフはことの顛末を女店員から聞いていました。そして、シェフは深々と頭を垂れ、次のように言いました。女店員も深くおじぎをしておりました、「お客様、申し訳ありません。従業員の無知のため介助犬のことを知りませんでした。私の責任です。指導不足で不快な思いをさせてしまいました。」「おねえちゃん、ハンバーグおいしいよ。」 陽気なケンタに爆笑が湧き上がりました。ふわっと息をついた少女の面差しはほんのりピンク色に染まり、介助犬も目を細めて少女を見据えていました。
 シェフの心温まる対応に私は感心させられました。非を素直に詫び、客を気持ちよく迎える姿勢に頭が下がりました。また、この店は心くばりが滲む次のような表示をしていました。「お客様で糖尿病等で食事制限されている方はお申し付けください。何なりと調理いたします。」少女は女店員に伝えました。「私は塩分、糖分が制限されています。大丈夫ですか? ハンバーグが食べたいのです。」「はい、わかりました。」女店員は跪まづいてにこやかにメモしていました。
 お客様を見おろすのでなく、同じ目線で注文を受ける情景を目にして心温かくなりました。女店員は少女にだけでなく、すべての客に同じように接していました。塩分・糖分の代わりに、シェフの「真心」というスパイスがより旨いハンバーグとなって少女の心までも包み込んでくれたと思いました。
 店内のそこかしこに「しあわせ」の波動が波打っていました。オフホワイトで統一された店内のシェードランプに少女の横顔が光り輝いて見えました。シェフや女店員の「もてなし」の神髄にふれて少女と介護犬から勇気をいただき、忘れられない、心豊かな実りの秋の1日でした。

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