年度別受賞作品
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私を子供にしたおじいちゃま

第13回 2009年度 受賞作品
優秀賞作品
作者名:南まど香
所属企業:㈱ドンク 北白川店

記事(紹介文)


 私はふう、と息をもらした。今はランチの時間が終わり、少し落ち着いた時間。この時間が大好きだ。ランチ終わりの方やアフタヌーンティーを楽しんでいらっしゃる方、何ともいえないゆるい空気が店内を包む。息つく間も無い嵐のような3時間。それをクリアした後、達成感に近い感動の中に私はいた。そして、あの方はお見えになった…。お年は失礼ながら、70歳は越された感じのご老人。本を片手にご来店。窓際のお席に案内させて頂いた。
 「いらっしゃいませ。(にこっ)」。この挨拶が最高のものだったかはわからない。でもここから、ご老人(以下A様)との会話がスタート出来たことを考えると、大切な一言だったことに間違いない。A様は私の挨拶に顔をあげ、微笑まれた。とても穏やかな笑顔で優しく感じた。ホットコーヒーを持って行った私は、少し砕けた風に、「お替りご自由ですよ。セルフサービスなんですけど……」。
 すべてのお客様にこんな馴れ馴れしい言い方をするわけではない。でも私はさっきの優しい笑顔に甘え、少しこんな話し方がしたくなった。A様は微笑んで、「君は何とも気持ちがいい人だなあ、いやすばらしい。」
その言葉に私は少し驚き、思わず、「ありがとうございますっ」とお辞儀をして、カウンターに戻った。(なんか、今すごく褒められた?)
顔が自然とほころんでしまう。この後私が退勤するまで、ご機嫌だったことは言うまでもない。
 その後A様は毎日ご来店された。「やあ、また来たよ」。仕事の合間に少しずつお話させてもらい、現役を引退されたお医者さまだとわかった。来店の主な理由は、近くの病院に入院中のお義母さまの看病との事。婦人科のお医者様だったそうで、母性の話や愛情の根本は何かなど、たくさんお話し頂き、毎日A様とお会いするのがいつのまにか楽しみになっていた。
 私は仕事から帰ると、小学生2児の母親。土日祝日は家族との時間を優先し、あまり出勤は出来ない平日スタッフだ。私がいつもように休日を過ごした休み明けの月曜日、A様はモーニングの時間にいらした。「おはようございます」と言うと、A様は、「やあ、やっと会えたよ。君は土曜日や日曜日はお休みなんだね」。(私の不在に気付いて、気に止めて下さっていたんだ)。私は嬉しかった。ドンクに居る自分の価値を、とても評価して頂いた気がした。嬉しかった…。
 私が「うちの子はまだまだ甘えん坊で困ります」と言った時、A様は、「へえ、まだお子に甘えさせてもらっているんだね。けっこう、けっこう」。私は意味が分からなかった。私がハテナ顔をしていると、「はっはっ、わからない? つまり子供が甘えてくることで、子供に世話をさせてもらっているんだよ。まだ子離れせずに済んでいる。だから子供に甘えさせてもらっている。優しいお子だよ」。「・・・」(かなわない。この方にとっては私なんてまだまだ子供だ・・・)深い言葉だった。
 私はA様からたくさんの素敵な言葉をもらい、日々過ごした。褒めて頂きたくて、気遣いも上達した気がする。A様の前では、私は良い事をして親に褒めてもらい喜ぶ子供そのものだった。
 ある日から、突然A様は来られなくなった。お体の調子を心配した。10日ほど経って来店された時、お義母さまが亡くなったことを話して下さった。それからはパッタリ来られなくなり、現在に至っている。(どうされたのかなぁ)ふと思い出し、エントランスに目を向けたりする。
 私は今日もドンクのレストランにいる。この2ヶ月で何が変わったか。確実なものはひとつ。気軽にお話させて頂けるお客様が増えた。A様とお会いしてから、他のお客様に対しても進んで話し掛け、自然と話せる方が多くなった。この間娘と息子から、「ママ、いつお店覗いても笑っている。なんか楽しそうでいいなあ」と言われた。そのとおり。私は、毎日の仕事が楽しくて仕方ない。何よりも恵まれているのは、気の合う楽しいスタッフに囲まれ、毎日働いていること。
 お客様は数ある飲食店の中から当店を選び、ご来店してくださっている。A様に教えて頂いた挨拶の大切さ、差し上げられる精一杯のサービスを常に忘れず、大好きなスタッフたちとA様を待とう。いつ来られても恥ずかしくないよう腕を磨いておこう。そして……褒めてもらいたい。
 だから私は今日も、「いらっしゃいませ。(にこっ)」

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