年度別受賞作品
退職や転居等により氏名公表許諾未確認の方のお名前は割愛させていただきました。
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ドンクのお父さん

第14回 2010年度 受賞作品
入賞作品
作者名:鈴木明葉
所属企業:㈱ドンク 須磨大丸店

記事(紹介文)


 「カンカンカン!!」
 トレーをトングで叩く音。やばい、この聞き覚えのある音は…。慌てて入口に目をやるやいなや、 「いつまで待たせるんや、鈴木ー!」
 出ました、名物お爺さん、Y様のご来店…。今日も第一声から喝を入れられてしまった。
 Y様は、何十年もドンクのパンを買って下さっている超常連のお客様。地下鉄沿線にあるドンクには度々ご来店されるので、彼を知らない人はいないほど。彼は神戸の有名人。
 1年前、須磨に異動してきた時、先輩にY様の存在を教えてもらった。「ご来店されたら必ずトレーをお持ちしてパンを取って差し上げて。あと、レジの打ち間違いを一度でもしてしまったら、もう自分のレジには並んでくれないから十分気をつけて」。いったいどんなおそろしいお客様なのだろうと、私は想像上の重鎮にビクビクした。
 初対面の日、先輩が私をY様に紹介してくれた。緊張でガチガチになりながらレジを打つ私に、「打ち間違えるなよ!」とひと言。目も合わせてくれない。事なきを得たが、先が思いやられた。やっていけるのか。
 それから修業の日々が始まった。Y様は多い時で週2、3回のハイペースで来られる。来る度に、人はこんなに怒れるものかと思うくらい、私は怒られた。忙しくてY様のご来店にいち早く気付けないとまず、怒られる。レシートのちぎり方で怒られる、テープの貼り方、手提げ袋の種類を間違うと怒られるし、合計金額を暗算できないと怒られる。ちなみに私は暗算が大の苦手なので、脳の細胞をフル稼働しなければならず、Y様が来られると緊張感やら暗算やらで大変疲れた。
 ある休日、父が私に仕事の話を聞いてきたので、何気なくY様の話をした。こんなお客様がいらっしゃって、大きな声で怒られる。だけどいつも買いに来られるのだと。父はその話を聞いて手を叩いて笑った。いったい何がおかしいのだ、人が悩んでいるというのに。父は言った。「お父さんも毎日行くコンビニで同じように怒ってるわ。だからそのお爺さんの気持ち分かるな。その人におまえは育ててもらってるし、かわいがられてるんやで。にくまれ口も全て本心じゃない。言葉の裏側にある気持ちを読めるようになれよ」。
 父が何を言いたいのか、その場ではすぐに理解はできなかった。ただ、父とY様はとってもよく似ていることに、私はようやく気付いたのだ。すぐ怒るし、頑固。だけど本当は情に厚くて温かい。不器用だからうまくそれを伝えることができないし、憎まれ口ばかり。父とそんな話をしてから、Y様への苦手意識はほとんどなくなった。注意して下さることは自分のためなのだ、と少しずつだけど思えるようになったし、めげなくなった。
 ある時、Y様を1週間くらい見ない時があった。なんだかやけに心配になった。いつもの大きな声が聞けないのは少し寂しかった。変な話だが。みんなで噂し始めた時、Y様がご来店された。聞くとやはり体調を崩されていたようだ。いつもの喝にも少し覇気がない気がした。Y様に怒られないくらい完璧な販売員になるのが今の目標。だけど何だか寂しかったので、暗算はあえてしないで電卓で計算した。
 「暗算せえ、暗算! ほかの販売員にレジやってもらうわ!」あれ、顔がほころんでる。いつものY様の怒鳴り声。よし、こうでなくては。いつまでも元気でいてね、お父さん。

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