年度別受賞作品
退職や転居等により氏名公表許諾未確認の方のお名前は割愛させていただきました。
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変わらない思い

第14回 2010年度 受賞作品
入賞作品
作者名:青木操代
所属企業:㈱新宿高野 川越丸広店

記事(紹介文)


 また今日も始まるのか…。新入社員としてまだ入りたての私は、いつもと変わらない思いで出勤した。そうまた地獄が始まる…。
 「あの、急いでいるので、早くしてくれませんか」「何やってるんだよ! 急いでくれ!」。 この言葉は毎日。「のんびりしているのねぇ。アナタ何しているの? 早く会計してくれない?」「もう待ってらんないよ! 行くから」この言葉はたまに。そして…キメの一発。「ちんたらやってんじゃないわよ!」「ふざけてるの?」もう自分でもどうしたらいいか分からなくなっていた。
 新入社員として、いや、販売員として、大切な気持ち〝お客様に少しでも喜んで頂ける接客を行い、そして、気持ちよく帰って頂く〟この思いを持って自分なりに一生懸命やってきたが、まさかこんなに世間が厳しく、辛いものだとは知らなかった。その上、こちらが予想も出来ないような要求をされ、一番最初の熱いキラキラした心はどこかに埋もれてしまっていた。
 そんなある日、ご年配の女性の方のご要望にお応えして、品物をお包みしていると、ふと売場の電話が鳴り響いた。売場には、たまたま私しかいなくて電話を取れずにいた。するとそのお客様は、電話の音に気が付き、「電話取らなくていいの?」と声をかけてくださり、「私は後でいいから、電話を取ってあげて」とおっしゃられた。その時、私にとてつもなく大きな衝撃が走った。今まで接客してきた方は、私が遅いことにお怒りで、少しでも早くとおっしゃっていたのに、この方からは「後でいいから」と言っていただけた。ずっと焦っていた気持ちが一度止まった。それと同時に、電話の音も止まった。「大丈夫です。すぐにお包みいたします。大変お待たせしてしまって申し訳ございません」「いいのよ、いいのよ。ゆっくりでいいから。私なんて、時間があり過ぎているんだから。ゆっくりやって」。
 私は精一杯のスピードを出し、お品物を包み終わった。「本当に大変お待たせしました。お品物でございます」「あら、きれいに包んでくれたわね。ありがとう。お世話様」そう言って、そのお客様は笑顔でお帰りになった。「ありがとうございました。またどうぞお越しくださいませ」。心臓の鼓動がよく聞こえた。その場で、泣きそうになった。嬉しかった…。本当に嬉しかった。お待たせしてしまったのに怒らないで下さり、そして、私が包んだお品物をきれいと言って下さった。きれいと言われたのは初めてだった。
 ずっと追い込まれて、ずっと焦っていた気持ちが少しずつ落ち着いてきた。あのお客様に心から感謝した。〝ありがとうございました!〟
 それから私は、もう一度心に問いかけた。本当に自分は、心を込めて接客していたのか、自分が遅いせいでお客様を怒らせているのに、こんな気持ちで良い接客をしていると言えるのか、これからどうするべきなのか。出した答えは、お客様の気持ちになることだった。今までの私は、一生懸命やれば伝わる! とだけ思っていた。自分が一生懸命でも、その一生懸命がお客様のためでなければ、ただ単に自己満足でしかない。お客様の気持ちになって、その気持ちのために一生懸命にやることが本当に伝わることではないのかな、と思った。
 あれから数えきれないほどのお客様と接してきた。もちろん今でもいろいろなお叱りを受けている。そのたびに、胃が痛くなったり、泣きそうになったり…。しかし、次のお客様にはそんなこと関係ない。ほしい品物を気持ちよく買いたいという気持ちで来店して下さっている。だから、その場で気持ちを切り替え、笑顔を忘れずに「いらっしゃいませ」とお声掛けする。この「いらっしゃいませ」は自分の気持ちを切り替えるのに最適だ。
 今も正直、何が本当に良い接客なのか、全くわからない。しかし、あの時の私が持っていなかった、変わらない思いがある。その思いがあるから、私は今日を過ごせている。いつの間にか、最初の頃の熱いキラキラした心が、全く新しい芽をちょこんと出していた。この芽を生かすのも、枯らすのも自分次第。皆さん良くご存知のあの大きな〝気になる木〟のようになるまでには、ここからまだまだ時間がかかるが、自分なりに頑張って育ててみようと思う。雷や暴風、暴雨も栄養に変えて、お客様が少しでも喜んで下さり、気持ちよく帰って頂ける接客を目指し、素敵な毎日を過ごそうと思う。

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