初めてのお使い,初めての店員 私の小さなお客様

第01回 1997年度 受賞作品
入賞作品
作者名:(氏名割愛)
所属企業:スーパーマーケット勤務

記事(紹介文)

 
 アマンドという喫茶店がある。待ち合わせなどで有名な六本木の交差点にある。その交差点を渡ったところに少し場違いなスーパーがある。そこの店員が私である。店の制服を着た24才の男は、緊張していた。普段は、客として店に買い物に来ていた自分が店員としていまここにいる。
 外は、大粒の雨が降っているにもかかわらず、開店と同時に多くのお客さんが店に押しかけていた。それもそのはずで、新聞の折り込みチラシを見て、『広告の品』を求めて近所の主婦が買いに来たのだ。
 段取りのわからない私は、目の回る忙しさで、店の中をグルグルと回っている。店の主人からは、お客様を見たら元気に「いらっしゃいませ」と声を出すようにと言われている。大勢のお客様の中には、顔見知りの近所のおばさんやおじさんがいて、とても恥ずかしく、大きな声がでずに、情けなかった。普段は、近所であってもろくに挨拶もしない私が、今ここで挨拶をしている。この時、社会のきびしさをちょっぴりと感じたりしていた。
 午後になり、ようやく声も大きくなった。傘をたたんで店に入って来たのは、近所に住んでいる顔見知りの男の子だった。子供にも大人の自分が挨拶をするのは嫌なもので、軽く「いらっしゃい」と言って、その場を立ち去ろうとすると、その子が私をじーっと見ている。手に今朝の新聞チラシを持っている。どうやら買い物にひとりで来たらしい小学1年生ぐらいの男の子に「ぼく、なにを買いに来たの?」と聞くと、小さな声で「さかな4匹」と言った。
 なんの魚と聞いても、さかな4匹と何度も繰り返すだけ。初めての店員と初めてのお使いにきた子は、困ってしまった。いろいろ話をして、お金を見せてもらって、やっと気がついた。『広告の魚』だった。けれどその魚は、明日の特売品で、お金が足りない。
 3匹だったら買えると、その子に話すと、だんだん目に涙がいっぱいになって、「さかな4匹」と言って、とうとう泣きだした。近くにいたお客様も何があったのかと近寄ってくる。私は、魚4匹と男の子の手をつかみ、レジにならんだ。足りないお金は雨の中にお使いに来たお駄賃だと思って私が払ってあげた。
 この出来事が原因で、閉店した店の事務所に一本の電話がかかってきた。「さかな4匹」の男の子の親からだった。男の子が無事にお使いから帰ってほっとしていた母親が、魚とレシートを見ると、渡したお金より多く払っている。男の子から話を聞いて、父親からのお礼の電話だった。母親が風邪で寝込み、代わりに買い物に来たこともわかった。
 それから、近所の人たちは、その話を聞いてたくさんお店に来てくれた。私は、子供だからと、応対が面倒だと思わず、誰にでも親切にすることでお客様も喜んでくれるんだとわかった。

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