年度別受賞作品
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はじめてのお客様

第14回 2010年度 受賞作品
入賞作品
作者名:宇野知子
所属企業:一般

記事(紹介文)


 13年程前になります。当時私は、3年間勤めた旅行会社を辞め、花屋になるために修行と称して結婚式場の花屋でアルバイトをしていました。花屋として働きはじめて半年ほど。朝早くから、夜遅くまで。今まで休みだった土・日・祝日も勤務。理想は夢見ていたものの、現実に直面し、人生の岐路に立たされていました。
 そしてその日は、さらに憂鬱でした。店頭にたたなければいけなかったのです。通常は、結婚式やパーティー会場の装花の仕事の為、お客様の前に出ることもありません。唯一、結婚式場のロビーに構える花屋には誰かひとりが出るのです。そしてその日の4時から、初めて私の番に。上司は、「平日の四時からは誰も来ないよ。6時に閉めて戻って来い」と。そのつもりでした。
 ドキドキしたまま店に立ち、5時半。そろそろ片付けようとした時、50代と思われる、1人の紳士がお店に近づいてきました。「ちょっとお願いがあります」ついに、その紳士に声を掛けられました。「花束をひとつ作ってくれないかな」「はい」「3000円くらいでいいんだけれど。朝、家内と喧嘩してしまったものでね」「かしこまりました。少々お待ち下さい」手に汗をかきながら、花を選び始めました。
 「どのようなお花になさいますか?」「君に任せるよ」花を集め、花束に組み始めました。緊張のあまり、全然上手に作れません。突然、思い詰めた緊張が切れました。「申し訳ありません。実は私は今日、初めてお店に立っています。お客様の前で花束を作るのははじめてです。上手に作りたいのですが、緊張しています。もう一度組み直しても宜しいでしょうか」。 恥ずかしいやら、情けないやら。
 紳士は、優しくおっしゃいました。「そうなの。いいよ」。私が花束を作り直す間、「知ってるかな?」 と石川啄木の歌を話して聞かせてくれました。正直、全く覚えていませんが。
 「今日はお仕事でいらっしゃったのですか?」 私の問いに、「そうだよ」と、優しく。「会議ですね。社長さんですか?」(若いとは恐ろしい)「零細企業だよ」と、笑って。その間に、花束も組み直しました。お見せすると「いいね」と一言。「お包み致しますので、あちらでお支払をお願い致します」。そこはプライスカードに金額を書き込み、総合レジでお支払い頂くシステムでした。すると紳士が、「1000円の札も書いて」と。紳士が総合レジに行っている間に、ドキドキしながら3000円の花束をラッピングしました。お戻りになり、「1000円分はいかがしましょうか?」と尋ねると、「今日、君の初めての記念に、1000円じゃ、1~2本しか買えないだろうけど、好きなお花を持って帰りなさい」。
 言葉の出ない私に、後ろを向き去っていく紳士でした。数十秒の後、我に返り「ありがとうございます!!」 紳士は、前を向いたまま、花束を左右にふり、バイバイ……。こんな映画のようなシーン。
 その後、その結婚式場に修行に来ていた夫と知り合い、花屋を出しました。今年で11年目になります。私が今、花の仕事を続けていられるのは、あの日あの紳士に出会ったからだと思っています。花束を作る度に思い出し、胸がくすぐったくもあり、嬉しくもあり、笑ってしまいます。

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