年度別受賞作品
退職や転居等により氏名公表許諾未確認の方のお名前は割愛させていただきました。
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3.11東日本大震災、津波が奪えなかったもの

第15回 2011年度 受賞作品
最優秀作品
作者名:毛塚 昇
所属企業:㈱新星堂 仙台店

記事(紹介文)


 私が山岸君(仮名)に初めて会ったのは11月のある日、エレキギターの無料体験レッスンの時でした。
 多賀城という海沿いの町の高校生で、音楽の勉強がしたくてガソリンスタンドでアルバイトをしているとのこと、しもやけで荒れた手は真っ赤に腫れていました。「体験レッスンはどうだった?」と聞くと、彼はすこしはにかみながらこう言いました。「楽しかったです。できればボーカルも体験して、2つレッスンしたいんです」「そうなんだ、すごいね」。目がきらきら輝いていて、とてもうらやましく感じました。「僕はいつかプロのミュージシャンになるのが夢なんです。悲しい時、辛いとき、僕を慰めてくれたアーティストたちのように、いつか誰かの為に歌を唄えるような、そんなミュージシャンになりたいんです」。
 12月からエレキギターとボーカルクラスの生徒になった彼は、週末になると朝早くからガソリンスタンドで働いて、凍えた指先のままレッスンに駆けつけてくれました。「手が真っ赤だね」そう私が話しかけると、彼は恥ずかしそうに手を隠しながらこう言いました。「しもやけで…、でも暖まるとすごくかゆいんです」。そう彼はいつもはにかみながら笑う、とってもシャイな少年、そんな印象でした。

平成23年3月11日、東日本大震災…

 千年に一度と言われる大地震、10メートルをはるかに超える津波が押し寄せ、多くの人の命、そして家も想い出もみんな飲み込みました。
ミュージックサロンも被害を受けてしまい、復旧には10日を要しました。幸い講師もスタッフも全員無事でした。ライフラインも少しずつ戻ってきたので、サロンも3月20日から営業を再開。まず最初は生徒さんの安否の確認から始まりました。
 560名の生徒さんに連絡をするのは容易ではありませんでした。メールや電話、そして手紙。そんな時一本の電話が…。その電話は山岸君からでした。
 「あの…、実は…。家流されちゃって…」。彼は泣いていました。私は言葉が出ませんでした。こんなとき何と言えばいいのかわからなかったのです。「そうだったんだ…」お母さんに電話を代わってもらって話をしました。
 「今回の地震で、家も、ギターもみんな流されちゃって…。それでも息子はそちらにレッスンに通いたいって言うんですけど…。こんな状況ではやはり難しいので一度退会させてください」。お母さんの声も涙で震えていました。
 それから20日くらいして、山岸君がひょっこりお店に現れたのです! 「実は津波にさらわれたギター、見つけたんです! 今楽器売り場の人に見てもらったらなんとか使えるって…。もう少したったら必ず戻ってきますから退会にしないでください」。彼はそう言いました。「分かったよ」僕らは男の約束をしました。
 別れ際、彼はこう言いました。「津波に家は流されちゃったけど、まだ夢は残ってるんで…」。そう言った彼は笑っていました。いつものようにはにかみながら…。
 津波も奪えなかった彼の夢が、いつか叶う瞬間を見てみたいなと、私は心からそう思っています。

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