人生の上り坂

第15回　2011年度受賞作品
入賞作品
作者名：黒木可菜恵
所属企業：㈱アスプルンド　宮崎店

記事（紹介文）

　私には、３年程前からお店に足を運んでくださる大切なお客様がいます。週に一度はテニスで体を動かされ、自慢のマイカーで自宅から２０分程の当店へふらっと訪れてくれる、７０歳代と思われる男性のお客様です。そんな元気なお客様に、自分の人生について考えさせられるきっかけがありました。
　何度も来店される様になってからある日の事、ランチコーナーのマイ箸（いつも持ち歩けるお箸）を片手に取られ、いつものようにメガネをちょこっと上にあげ、じーっと商品説明を見られているお客様が目に入りました。すぐ側に行き、「こんにちは。今日はお箸を見に来られたのですか」とお声掛けしました。すると、「やぁ、こんにちは。今度ね、フランスに行ってくるんだけど、僕は海外に毎回自分のお箸を持参して行くんだ。今回はこれを持っていこうかな」と。（毎回？　海外旅行は初めてじゃないのかな）と私はふと思いました。
　よくよくお話を伺うと、なんと昔からお一人で１、２ヶ月ほどおきにヨーロッパやアジア、アメリカなどを旅する趣味を持たれていると言うのです。レストランでフォークとナイフを使わずに自分のお箸を出すと、みんなが珍しそうにこっちを見て、話しかけてくることが嬉しいとか。想像するとなんだか楽しそうで、くすくすと笑いが出ました。
　今までたくさんのご年配の方々から色々なお話を聞いて来たのですが、７０代の方が、世界中のあちこちを、しかもお一人で旅をされているなんて、こんなお客様は初めての出会いでした。お客様の活発な生活にとても興味を持った私は、詳しくお話を伺うようになり、お会いする度、「先週はね、アメリカに１週間遊びに行ってきたよ」と沢山のお話をしてくださいました。
　現在私は２６歳。これから健康で長生きできるのならばまだまだ人生の上り坂です。もっと自分に目を向けて、自分のやりたいことをあきらめなくてもいいのではないか。そんなメッセージが頭の中に流れ込んで来ました。学生の時から、〝いつか自分のお店を持ちたい！〟と願い続け、今の会社に入社してから７年目。忙しさを理由に、夢に自信が持てず、前向きになれない日々がありました。そんな時にお客様の旅の話を伺うようになったのです。
　お客様との会話が、〝僕だってまだまだ元気なんだから、君にもきっとできるよ！〟　と背中を押してくれているようで、不思議と、今までストップしていた人生プランが次々と頭の中に組み立てられて行きました。必ずしも上手く行くとは限りませんが、たくさんの困難が立ちはだかる度にお客様の元気な姿を思い出したいと強く思うようになりました。
　こんな素敵なお客様との出会い。接客業という仕事が私にプレゼントを与えてくれたのかなと思います。これから生きていく中で、たくさんの出会いと会話を大切に、人生の勉強だと思って過ごしていけたらなと思いました。
　そして、７０歳、８０歳になっても、「これからまだまだ楽しむよ！」なんて言える様な素敵なお婆さんになりたいです。

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