年度別受賞作品
退職や転居等により氏名公表許諾未確認の方のお名前は割愛させていただきました。
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親孝行

第15回 2011年度 受賞作品
入賞作品
作者名:平塚慎司
所属企業:㈱板垣 沼田材木町店

記事(紹介文)

 「病院まで来て、測って欲しいのですが…」。
 視力の測定はお店で行なう。普段使いなれた測定環境は自分が考える以上に自分を安心させてくれる。視力をはかる理論、技術がわかっていれば、どこでも測定できるのではないか。それはそうなのだが、普段と違う環境、手順、なにより道具では満足な測定ができないかも知れない。一番気がかりに思うことは、視力が出せないかもしれない。そんな不安があった。お店に来店頂けないか、と尋ねてみたが、本人は病床で動けないらしい。また時期をあらためて、と提案したが、今すぐ対応して欲しいという。
「わかりました。できる限りのことをさせて頂きます」。私は了承し、不充分な道具を揃え、指定の病院へ向かった。病室には電話をかけてきた女性とその夫と思われる男性、視力測定を行なうおじいちゃんがいた。6人の患者で部屋を区切っているのでスペースは狭い。幸い窓際だったので、外のどこか対象物になるものがあれば、ある程度見やすい度は確認できそうだった。以前ご利用頂いた際の度数を参考に視力が上がる度数を試してみた。ランドルト環という輪の切れ目を見てはかる視力測定は無理だった。遠くの対象物を見て、その対象物が見やすくなるかどうか。遠視性の度、近視性の度、乱視の度数、軸度を変えながら検証していった。
「ああ、この方が見やすいなぁ」。おじいちゃんはそう言ってくれた。私は少しほっとしたが、安心できなかった。今よりもわずか見やすい程度なのだ。私は家族の方へ説明し、今あわててレンズを交換せず、退院後の体調が落ちついた時にでも、もう一度しっかり測りなおした方がよいのではないか、と提案した。
「いえ、本人が少しでもよく見えるなら、これで作って下さい。お願いします」。たっての要望だったので、私もそれ以上はいえず、お受けすることにした。幸いレンズは特注ではなくメーカーに在庫のある度数だったので翌日出来上がる。私はメガネを預かり、病院をあとにした。
 レンズの交換を行い、翌日無事にお届けした。ひとまず仕事としては終わりだ。けれど私は自分の仕事に対する責任感から、このお客様が気になっていた。十分な測定ができなかったのが悔やまれたのだ。少し時間をおき、退院されればもう一度はかり直し、レンズを入れかえさせてもらおう。そう思っていた。
 お渡しして3日後、新聞のお悔やみ欄におじいちゃんの名前を見つけた。そしてはじめてご家族の気持ちがわかった。もう長くはない。せめてもの親孝行がしたい。私はそれを手伝わせて頂いた。
 よい視力を提供するだけが私の仕事ではない。メガネを通した仕事の尊さを、私はこれにより学んだ。いつでも大切なことをお客様は教えてくれる。だから、その分を恩返ししていきたい。そう思い、今日も仕事へ出かける。

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