年度別受賞作品
退職や転居等により氏名公表許諾未確認の方のお名前は割愛させていただきました。
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コロッケ屋さんの人気のひみつ

第15回 2011年度 受賞作品
入賞作品
作者名:(氏名割愛)
所属企業:一般

記事(紹介文)


 僕は以前、店舗設備の修理・保全を仕事にしていた。連絡を受けた店舗に出向き、店内の電球交換や、水漏れの修理等を行なうのだ。停電や断水など、店の営業に直接関わることも多かったので、作業には細心の注意と店側の協力が必要だった。
 しかし、現場となる店の店員には非協力的な態度の人が少なくなかった。作業服で店を出入りされるのが嫌なのかも知れない。僕らの存在は不意な設備トラブルと同様、基本的には歓迎されないのだ。まあ、理解できる部分もある。でもやはり、仕事が終わればそういう店には近づきたくなくなる。ましてや、そこで買い物なんて、絶対にしたくなかった。
 ある日、僕は新宿のとあるデパートに向かっていた。地下にあるコロッケの専門店で水道の蛇口が壊れたのだ。
 ちなみに僕はこの店をよく知っている。コロッケの味がめっぽう美味い。揚げたてサクサクのころもに熱々ホコホコのじゃが芋がつまっている。これにソースをたっぷりかけると最高である。しかも安いから、コロッケ好きの僕はすぐにファンになった。
 しかし今日は仕事で向かう。修理業者に対する態度を想像して、足取りが重くなる。僕はお気に入りの店に幻滅しそうで、とても不安な気分だった。
 店に到着し、挨拶をする。対応してくれた30代ぐらいの女性店員は、予想に反し、まるで接客の見本のような挨拶を返してくれた。それは本来、普通の対応なのだが、こういうことは少ないから、僕は素直に嬉しくなった。もしかしたら、この店員は僕の事を常連客だと気付いているのかも知れない。
 修理を終えると、店員から紙包みを渡された。嬉しい差し入れだ。彼女は、「うちのコロッケを一度食べてみてください」と言った。あれれ? もしかして僕が常連客だと気付いていなかったのかな? 聞いてみると、彼女は驚いた表情を見せ、可笑しそうに笑った。僕が普段から買いに来ていることを、今初めて知ったようだった。
 このお店ではお客にだけではなく、僕みたいな出入り業者にも、対応が親切でとても丁寧である。おそらく自分たちが接する相手、それがどんな立場であっても、エンド・カスタマーになることを知っているのだろう。いや、ただ単にこの店のスタイルなのかも知れない。
 店員個々の性格にもよるだろう。どちらにせよ、一朝一夕で身に付く対応ではない。僕はこの日、この店の人気の理由が、コロッケの味以外にもあることを知った。
 それから時は過ぎ、僕の仕事は変わった。家族もでき、引越しをし、生活のすべてが変わった。それでも新宿のデパートに行けば、今でもサクサク熱々のコロッケを食べることができる。それはあの店の対応が、今でも変わらないことを示している。
 今でも僕は、コロッケが食べたくなると、自然とこの店へ足が向いてしまう。そういう特別なお店の存在って、なかなか良いものである。

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