年度別受賞作品
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お客様に鍛えられ、支えられた日々

第16回 2012年度 受賞作品
檀ふみ賞
作者名:末広明美
所属企業:㈱新星堂 堂島アバンザ店

記事(紹介文)


 堂島アバンザ店は他のどの店舗とも違う個性的なお店です。大阪梅田のビジネス街にあり、大阪の歓楽街・曽根崎新地に隣接、フェスティバルホール、中之島中央公会堂なども近く、休日は親子連れや行楽客、平日は男性会社員(時々OL)、夜は北新地で働く人たちやそのお客様と、週に3回客層が変わる少し難しいお店です。
 私は堂島店のオープニングスタッフでした。もともとクラシックとジャズで有名だったW堂の跡地に出店したこと、W堂のクラシックのカリスマ・N氏が新星堂に入ったことで、お客様の半分くらいが年配のクラシックファンという特殊なお店になりました。普通にJ‐POPや洋楽を販売してきた私には何もかもが初めての経験でした。楽器の経験もなければ楽譜も読めない、クラシックといえば退屈な学校の音楽の授業しか知りません。お客様の会話についていけず、戸惑うことばかり。まともな商品知識もありません。
 国内盤に加え輸入盤も扱っていたので、とにかく録音は膨大です。「どれがお勧め?」「この作品は誰の演奏が一番良いの?」と質問されても応えられないのです。お客様の失笑を買い、幻滅した表情を見ていると自分の不甲斐なさがみじめになって、だんだんお客様と会話をするのが怖くなりました。的確にアドバイスをするN氏の横で、まるで登山経験がないのにマッキンリー山頂を目指しているかのような無力感を感じていました。
 そんな時、お客様の1人が声をかけてくださいました。「Nさんは、もう何十年もクラシックを聴いてきたんだよ。お客さんだってそう。キャリアが違う。だから末広さんは追いつこうとしなくていいんだよ。お客さんの探しているCDがどのレーベルで、どこから入るのかわかってて取り寄せられるようになってくれたらいい。良い店員を育てるのは僕ら客の役目でもあるんだよ」という一言で、すぅ~と肩が軽くなりました。自分にできることからやればいい、お客様から学べばいい、と。
 それから、辛抱強いN氏と寛大なお客様のおかげで少しずつ作品や演奏者の名前を覚えていきました。お客様に逆質問したり、お勧めのCDを教えてもらったり、レコード芸術誌の特選盤の話をしたり、会話も増えていきました。
 しかし、試練は訪れました。N氏が自分のお店を開いて独立していったのです。もう頼れる人はいません。難しい質問に毎日が悪戦苦闘…。それでもクラシックは堂島店の売り上げ構成比率の15%を占めていました。「どうしたってNさんのような仕事は無理。だったら私にできる売場を作ろう」と腹をくくりました。目指したのは「初心者の、初心者による、初心者のための、でも充実したクラシック売場」でした。
 国内盤だけでなく、輸入盤の発注書も目を通しました。当時はまだ各店舗で仕入れをしていたのです。輸入盤を調べるのにイギリスやドイツのカタログの引き方を覚えました。外国語が読めないので「クラシック音楽作品名辞典」も引きました。輸入盤のジャケットは英語・ドイツ語・フランス語・ロシア語などで表記されているため、日本語で収録曲名を書いた帯を付けました。膨大な作業でしたがお客様には好評でした。お客様の問い合わせに応えようと調べるうちに、だんだん作曲家名や作品名が読めるようになり、どのレーベルがどのディストリビューターから入荷するかもわかるようになりました。
 そうしているうちに、N氏がいた時とは違うクラシックのお客様が通ってくださるようになりました。こんな私を、堂島店を、頼りにしてくださるお客様ができたのです。それは、私がお客様の要求するレベルを達成したというよりも、私のレベルで満足してくれるお客様がいた、ということかもしれません。それでも、お客様から「ここはわかりやすくて探しやすいよ」「ありがとう」の言葉をいただくと「無駄な努力はなかった」と思えました。
 その堂島アバンザ店も6月17日で閉店を迎えます。スタッフの1人としてオープンさせた自分が、店長として閉店に立ち会うことになったのは残念で複雑な気分です。お客様から閉店を惜しむ言葉をかけていただくと、感謝の気持ちでいっぱいになります。
 私は勤続年数こそベテランですが、まだまだ未熟者。これからもたくさんのことをお客様から学び、お客様に育てられていくでしょう。それを教えてくれた堂島店とお客様が大好きです。

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