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やさしい嘘
第16回 2012年度 受賞作品
入賞作品
作者名:芦澤早苗
所属企業:㈱セモア 青山ベルコモンズ店
入賞作品
作者名:芦澤早苗
所属企業:㈱セモア 青山ベルコモンズ店
記事(紹介文)
「あんた、演技出来る?」
銀座、しかも静かなブライダルの店には余り似つかわしくない入店直後の第一声は、まだ若かった私をその場で棒立ちにさせた。
大きな花束を抱えた女性は一気にその詳細を話しはじめた。女性の甥が最近駆け落ち同然に結婚した事。花嫁さんのご両親は頑なに結婚を反対続け、いまだ絶縁状態という事。
最近妊娠している事が判明し、これを機会にサプライズで挙式をあげ、あちらのご両親に幸せに暮らしている事を伝えたい事。
ただ、若い2人は資金がない。江戸っ子らしく可愛いい甥。その為に一肌脱ぎたいので協力者を探している。もう既に台本も出来ているとその女性は一気に語り、あっけにとられる私に詰め寄った。そして一言。「あんた、私と友達ってことにしてよ」。
友人の店だから気兼ねなく、緊張せずにいられる空間をつくって欲しい。その為に友人のフリをしてくれという事だな、と理解した私は式の日取りや会場など、いつも通リお伺いし対応し後日花嫁さんと顔合わせする時の打ち合わせを入念に行った。
少し事情があるだけで通常業務と変わりない。結婚式は誰もが初めてのことだらけ。緊張するのは当たり前。そんな中でどれだけくつろいで頂けるか?、いつか〝素敵な思い出〟と思ってもらえる場を提供出来るかは、ブライダル業に従事する者ならば基本的な事。まして接客業なら様々なお客様に合わせて臨機応変に〝演じる〟事も当然の事。いつもと何ら変わらない、私はそう感じてお客様のご要望を全て受けると約束した。
当日、ラフな出で立ちで皆に背中を押されながら現れた花嫁さんは多分、この計画を勘付いていたと思う。皆に言われるがままドレスを試着した花嫁さんは「ありがとう……」と泣き出し、周囲の人々も「よかったね」「キレイだよ」ともらい泣きをはじめた。すっぴんで満面の笑みを浮かべつつ涙を流す彼女は何度も何度も皆に頭を下げた。
ただ単に嬉し泣きしている訳ではない。今までの苦労や、それを支えてくれた人々への心からの感謝、そして協力者の私にもくしゃくしゃの顔で感謝の気持ちを伝えようとしている花嫁さんは、本当に美しかった。私は〝いつもと同じ仕事〟と割り切っていた自分を恥じると同時に、この家族の歴史的瞬間に立ち会えた事に胸が熱くなった。皆が皆を思いやり、正しく行動している姿……そこには〝無償の愛〟といえるものが確かに存在していた。理屈ではなく、心からこの仕事をしていて良かったと初めて思えた出来事だった。
後日、無事に式を終えたと報告に来てくれた女性は、フラワーコーディネーターという技術を活かし、私の為にすばらしいアレンジメントをプレゼントして下さった。ぶっきら棒にお礼を述べた後、「あんたも結婚するなら江戸っ子にしな。下町の人間は情に熱いよ!」と勢い良く言い残し、笑顔で退店して行った。
あの当時は初対面同様の勢いにあっ気にとられてしまったけれど、時を経て女性の予言通り? 江戸っ子の嫁となった今だからこそ分かる。あれは最高の褒め言葉だったと。私を協力者に選んでくれてありがとう。