年度別受賞作品
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包む

第16回 2012年度 受賞作品
入賞作品
作者名:田原康夫
所属企業:㈱新宿高野 本店フルーツギフト売場

記事(紹介文)


 もう1年以上まえのことになるが、新宿高野でアルバイトをするようになっていちばんとまどったことは、ともかく包装の手段が多い、ということだ。包装紙だけでも大きさ別に数種類、ラッピングやリボンの取りそろえもたくさんある。包み方にしても、共通の手順こそ存在するけれど、お買い上げいただいた品物のサイズに合わせて自分がその場で工夫しなければいけないことも多い。
 アルバイトとして採用されて1ヶ月足らず、まだ「研修中」のバッジをつけていた私はただ売り場で右往左往するばかりで、社員さんや先輩バイトさんのアドバイスがなければ、どの包装紙を使えばいいのかさえわからないくらいだった。
 ベテランの社員さんになればなるほど、包装の手つきは素早くて、そして余裕に溢れている。品物の大きさ・形状なんてお構いなしだ。包装紙だけではなくて、時には昔ながらの風呂敷包みも登場する。お客様のご要望に応じて ―たいていはそれを上回るレベルで― どんなものでもあざやかに包んでのけるその姿は、扱っている品物に対する揺るぎない自信の表れでもある。きっと、そのとき包まれているのは単に品物だけではない。伝統あるお店を代表する者としての自負、お客様へのまごころ…そんな「こころ」までもが「包み込まれて」いるのだろう。
 お客様が安心してその手つきを見ているのを発見したとき、単純な品物のクオリティだけではない、言葉遣いやちょっとした所作こそが、専門店で購入するという行為自体に満足感を付けくわえているのではないか、と思った。
 そんなすばらしい社員の方々に比べてみれば、一介のアルバイトにすぎない私の技術はつたなくて、正直言ってかなり恥ずかしいものになるのだが、それでも一生懸命練習して経験を積んだ甲斐があったのだろうか、最近は少し手際が良くなってきたようだ。というのは、つい最近のことなのだが、お客様に感謝の言葉を頂戴したことがあったからだ。
 そのとき私はいつもの売り場ではなく、店先の屋台で週末のお買い得商品を販売していた。試食のデコポンを召し上がったお客様はその味をかなりお気に召したご様子で、すぐさま、これから行くパーティーで手みやげにしたいから全部で20セット用立てくれないか、とおっしゃった。簡易店舗だから包装に使える道具は限られてしまうし、いつもの売り場も週末ならではの大混雑で援軍は期待できない。何より、お客様はかなりお急ぎのご様子だった。しかし、アルバイトとはいえ高野の一員。ご贈答用のお品物を紙袋に詰めて渡すわけにはいかない。
 お客様には少し店内をご覧いただき、その間に農協から出向してきていただいた方の手を借りつつ、紙トレイに盛りつけたデコポンをその場にあったビニール袋(本来はパンを販売する時に使うものだった)をハサミで整形して包装し、一つ一つにリボンを掛けた。時間に追われて焦っていたし、必死だった。
 それでもなんとかお客様が戻ってくるまでに全て仕立て上げて、手提げに揃え入れてお渡しすることができた。「まだ終わってないわよね?」と話しかけながら店先に戻ってこられたお客様が、すこし驚きを表情ににじませながら「忙しいのに、ありがとう。」と笑顔でおっしゃるのを見て、私はここで働いていて本当によかったな、と感じたし、何度も丁寧に包装のテクニックを教えて下さった社員の皆様に深い感謝の念を抱いた。
 お客様から高いクオリティを求められる専門店で働く以上、アルバイトとはいえ店のレベルに恥じない接客を求められることに何ら変わりなく、したがってここで働くのは大変なことだと感じている。しかしだからこそ、「包装」という技術を通じて働くことの喜び、つまりお客様に喜んでいただけるという幸せ、にふれることができた時のうれしさは一層大きいもので、とても得難い貴重な経験だ。私がここでアルバイトをできる期間もあとわずかであるが、これからもここでお客様に満足していただけるように努力したい。

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