商人の心がけ

第01回 1997年度 受賞作品
入賞作品
作者名:(氏名割愛)
所属企業:一般

記事(紹介文)

 
 高校を卒業して初めて就職した時、新入社員研修で教えられて以来、忘れられない言葉がある。それは、「販売というのは、買う能力はあるのに買う気のない人を買う気にさせることである。」というものだった。
 すなわち、買う気と能力(財力)のある人は放っておいてもお客になる人達なので、これといった販売テクニックは必要ない。反対に物を欲しい気持ちだけはあっても買う能力のない人達に売ろうとしても徒労に終わるので気をつけるように、というような内容だったと記憶している。
 この会社は地域で一番大きな楽器店だったので、売る商品もピアノ等の高額商品だったせいもあったのだろうが、まだ若かった私はなるほどと感心した反面、「金のない者は相手にするな」と言っているようで、少し嫌な気持ちになりつつ、大人の世界を見たような気がしたものだった。
 それから30年近くの歳月がたち、思い返してみるとあのバブルと呼ばれた異常な景気の時代、支払い能力のない若者たちがティファニーでアクセサリーを買い、高級レストランでクリスマスを過ごし、こぞって海外へ旅行に行き、大人は大人で庶民までもが投資のために土地を買い、株を買い、日本中が浮かれて成金化し、そして破滅へと向かって行った。これはひとえに物を買う能力のない者がカードやローンで借金を重ね、そのことの重大さに気付かずに陥ってしまった地獄であろう。
 もしも日本中の商人が、かつて私が学んだことを守っていたならば、かような悲劇は起こらなかったのではあるまいか。そう思うと、若かりし日の私が青臭い正義感で密かに非難した上司の言葉は、決して悪徳商人のそれではなく、むしろ商道徳の極みのような言葉であったのである。
 私は現在も販売の仕事に従事しているが、決して無理に物を売りつけることなく、それでいて買うことのできる人に言葉巧みに商品を勧め、それを相手が買う決心をした時というのは、例えばサッカーでゴールが決まった時のような爽快感が溢れてきて、それまでの苦労が飛んでいってしまうかのようである。
 この楽しみを全ての販売に従事する人達が感じ、もう二度と何でもかんでも売れればいいというような邪道商売がまかり通るような時代が来ないことを祈って筆を置く。

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