やさしいアンテナ

第17回 2013年度 受賞作品
最優秀作品
作者名:  岡本桂子
所属企業:  ㈱イワキ  本社

記事(紹介文)

 ある日、イワキメガネ某店のバッグヤ―ドにて……。
後輩の女性スタッフが数枚の“お客様カード”を手に、何ごとか思案しているようす。
 ちなみに“お客様カード”とは、お客様のご氏名・ご住所から始まり、視力のデータやご購入メガネの記録、掛け心地調整の詳細などなど……イワキの接客のベースとなるお客様の大切な情報が詰まった、記録カードのこと。誤収納を防ぐため、男女のカードを別々の色にするという工夫もされている。
 さて……「どうしたの?」声をかけると、「このカード、どうしようかと迷っているんです……」と、手にあるカードと私の顔を見比べながら言う。きけば、それはさきほどご来店されお帰りになった70代男性のお客様とその奥様のカードだった。ご愛用メガネのご調整にいらっしゃったご主人様はお帰り間際に、共にイワキの顧客であった奥様が先日鬼籍に入られたことを彼女に告げたのだった。
 そういう訳なので家内の記録カードはもう処分して下さい、とおっしゃった時、彼女は胸が詰まってしまい、お悔やみも上手く言えず「はい、かしこまりました」とお答えするのが精一杯だったそうだ。
 ありがたいことに親子三代に亘ってのご利用や長年の顧客も少なくないイワキでは、このような理由でのカードご処分を承ることが時々ある。個人情報であることとカードの記載が業務に直結する点から、この様な場合、きちんとシュレッダー処理をさせていただくのが通常である。
 しかし、彼女はご主人様のご様子から、あっさりとシュレッダーにかけるのが躊躇われるのだ、という。「本当はご主人様は、このカード、処分されたくないんじゃないかと思うんです」彼女は先刻を思い返すように言う。
 カードには、ご夫婦ご一緒に当店に足を運ばれた記録も残る。そんな時間とお二人の年輪の一部が、奥様の自筆でお名前が記されているこのカードに宿っているような気がする。
ご主人様はそれを大切にしたいのでは。……彼女のやさしいアンテナは、ちょっとした表情やおっしゃり方からご主人様のそんな想いをキャッチしたのだ。
 「あんまりしないことですけれど、こちらの奥様のカード、ご主人様のカードと一緒にしておいても良いと思いますか?」彼女のまっすぐな眼差しに、そしてやさしいアンテナに、先輩である私は「OK」を出した。彼女の手で丁寧にパチンとホチキス留めされたカードを見て、「めおとカード!」私が言うと、彼女が笑顔になった。
 ペパーミントグリーンのご主人様のカードとオレンジ色の奥様のカード、しっかりぴったり重なっている。そしてもうひとつ。彼女の心が、お二人のカードにそっと寄り添っている。

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