紙の点滴

第17回 2013年度 受賞作品
優秀賞作品
作者名:  佐々木幹雄
所属企業:  ㈱クリエイティブ ヴィジョン  ディヴィーナ

記事(紹介文)


 私は、お客様の女性とお付き合いをしています……などと書きますと大変な問題になりそうですが、まぁ話は最後まで聞いて下さい。
 その女性、信子さん(仮名)は今年85歳。そして、お付き合いの実態は文通!
決して電子メールではありません。便箋やハガキにひたすら手で文字を書き、切手を貼って投函する。これを5年近く続け、お互いの数を足すと600通は優に越えています。
 信子さんは、私が経営しているジュエリー・ショップのお客様です。いつも洒落た黒づくめの出で立ちで来店され、自分に合ったものをさっと選ぶ。全く躊躇というものがない「見事なお客様」でした。
 5年前、何度目かにご来店になった折に、私は初めて信子さんにお会いしました。その日は気に入られた指輪があったのですが、サイズが大きくて信子さんの指にはそのままでは合いません。「サイズをお直しさせていただきます」とお伝えしても、「わたくしはその場できちんと合ったものしか買わないことにしております」。そして、サイズがピッタリ合ったものの中から、1点お選びになりました。生意気にもその時の私は、「お客様、お買い物は確かに出会いというものだと思います。ですが、気に入ったもので尚かつサイズが丁度良いということになりますと、二重に偶然が重ならなければなりません。サイズはお直しできるのですから、デザインを優先されては如何でしょうか」と、言ってしまいました。
 その日信子さんは、何も買わずに黙ってお帰りになったのでした。失礼なことを申し上げた旨お詫びするお手紙をだしたところ、すぐにまた店に来て下さいました。
「貴男様のおっしゃる通りです。わたくし、この間の指輪をいただきますので指のサイズを測って下さいませ」。こうして信子さんとの交際、つまり文通が始まりました。お会いして話した時間はほんの僅かなのに、手紙を通して信子さんの波瀾万丈な人生についても知ることができました。
 体調を崩して入院している間に親戚達が信子さんの資産を勝手に処分してしまったこと。あるいは、かつて上顧客として通っていた店からは、足が遠のくと共に電話もDMも全く届かなくなった……こういった話は、実に腹立たしい思いで読みました。
 今日はほぼ1年ぶりに、体調を回復した信子さんが店に来て下さいました。私だけでなく、スタッフ全員にお土産を携えて。そして、当店で、決して高額ではないけれども信子さんらしい個性的なデザインのネックレスを一緒に選び、恒例の記念撮影をし、駅までのお見送りです。全身黒でばっちり決めた我がガールフレンドを、道行く誰もが振り返ります。
 駅のホームで、信子さんがおっしゃいます。「いつも郵便ありがとうございます。貴男様からのお便りは、お医者の処方よりよっぽど良く効く紙でできた点滴なのでございます」

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