売り出しの季節

第17回 2013年度 受賞作品
入賞作品
作者名:  岡本淳子
所属企業:  一般

記事(紹介文)

 「いらっしゃいませ」
 私の実家は地方都市にある市場街の端っこで、果実専門の店を営んでいた。市場街で年に一度、夏に3日間限りの大売り出しをする。今から40年位前、私が高学生だった頃は、みんな売り出しを待ち構えていて、売る方も買う方も活気があった。そして、売り出しといえば主役はバナナだ
 「うちも半分泣くから、そっちも半分泣いてくれや」。店では大将と呼ばれていた父が、仕入れ先に電話をし、半分ずつ泣くとバナナは半額になった。そのバナナをいつも並べている店の端っこの台ではなく、売り出しの間だけは店の真ん中に並べる。家族全員と日頃からのアルバイト大学生全員。そこへ半分泣かされた仕入れ先から来た「売り出しのオッちゃん」2人も加えて10人以上で売る。それぞれが真っ赤なタオルを首から下げたり、頭に巻いたりしている。
 「へーぃ、らーっしゃい、らっしゃい」「やーすいで、安いで」今だったら、かわいいアルバイト女学生が「フィリピン産の完熟バナナの試食会をしております。いかがですか」などと言うのだろうが、当時はなぜか真っ赤なタオルを頭に巻いたむさくるしい「売り出しのオッちゃん」が、ひしゃげた声をさらに潰してうなっていた。すると、おばちゃんたちが寄ってくる。おばちゃんたちは山のように積まれたバナナの中から、おもむろにひと房を手に取ると裏を確かめる。何故かみんな裏を見るのだ。すかさず売り出しのオッちゃんは声を張り上げる。「裏も表も皆バナナ!」 すると、裏を確かめていたおばちゃんは、少し恥ずかしそうに笑いながらバナナを買っていく。その様子が面白く、私はよくバナナ売場の横に陣取っていた。
 「ほんまにお前は売り出しでは役に立つわ」。なかなか父に褒められることなどがなかったが、父はよく、売り出しの最終日に褒めてくれた。売り出しは忙しいから高校生の私でも充分に役に立ったし、褒められたから、私は売り出しが大好きだった。
 あの頃からずいぶんたくさんの季節が巡り、私は実家を離れ、父も一線を退いたが、今ではあの頃のアルバイトの兄ちゃんが店の看板を守ってくれている。
 商店街もそれぞれに代替わりして、スーパーになる店や飲食店になる店もあり、お客さんも以前ほど売り出しを楽しみにしなくなったが、私は今でもこんな小さな商店が好きだ。
 店先で立ち止まり、品物を眺めていると声がかかる。「いらっしゃいませ」

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