年度別受賞作品
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お茶の心をもう一服

第17回 2013年度 受賞作品
入賞作品
作者名:  加川真美
所属企業:  一般

記事(紹介文)


 いつも行くお茶屋さんのおばちゃんは、「まあおすわりやす」と言って椅子を勧めてくれる。「ちょっとおまちやっしゃ」と言いながら、一番上等の煎茶を入れてくれる。おばちゃんの入れてくれる煎茶の味は特別で、とてもまろやか。
 小さな煎茶椀を飲み干すと「もう一煎いかがどす」と言いながら、さらについでくれる。
 「最近おじちゃん見いひんけど、どないしてはる。」おしゃべり好きで、お茶を入れながら、いつまでも帰してくれないおじいちゃんだった。いつも一服のおいしさと、お茶を飲みながらの会話を否が応でも楽しませてくれた。 
 だから、このお茶屋さんにくる時は、いつも時間にゆとりのあるときだ。お茶と共に流れるゆったりした時間を味わうために。代々受け継いでおじちゃんとおばちゃんがやっている。こぢんまりとした店舗。当たり前のように振る舞われる、極上のお茶と穏やかな時間。お茶を入れてくれるおばちゃんの背後には、年代物と思われる、お茶の木箱が積まれている。
 「おじちゃんなぁ、腰痛めてから、長いこと店先に座ってんのが辛いゆうてなぁ。最近は奥にいてはるわ」「元気にしてはんの」「元気なことは元気やで」「それなら良かった」「今日は、知り合いに送ってあげるのに、ちょっとええ煎茶欲しいねん」「ほなこれからかねぇ、特上やのうても、今年のお茶はできがええから、おいしいえ」決して、高いものから勧めようとはしない。こちらの懐ぐあいも分かっているのだ。
 「あっ抹茶ラスクって新しく作ったん」「近所のパン屋さんと相談してな、作ってみたら結構あうねん。バターしみこませたフランスパンの生地とちょっと甘もうしたお抹茶が。食べてみよし」と、試食を勧めてくれる。不思議と抹茶とバターの溶けた感じが、お煎茶にもあう。
 そうやってお茶をいただいていると、店先の方で、「抹茶ソフト下さい」という中学生の修学旅行生らしい顔がのぞく。「2人で1つだけどいい?」修学旅行生の懐ぐわいも分かっているおばちゃんは、「じゃあ、コーン2つで小さいのつくってあげよか」と返事する。
 「本当にいいんですか」「えぇよ。おいしいから2人で食べよし」。ゆったりゆったり時間が流れる。三煎目を入れてもらいながら、「上から2番目のお茶にしようかな」「そらよろしいわ」「この抹茶ラスクもつけて」「お茶菓子付いてたら、送らはった先も、喜びはりますやろ」「ほな包んで」。
 ここでどれだけお茶を買っただろう。ここでどれだけゆったりとした会話をしただろう。
 この店はお茶だけを売っている訳ではない。お茶を飲んだときの、ほっこりとした気持ちごと売っている。
 最近、何度か中年の男性が、店の奥と表を行き来するのを見かけた。おじちゃんとおばちゃんの息子かな。この店がずっと続けばいいな。ここには私にとっての大切なお茶の世界が詰まっている。だって、お茶を楽しむときの心構えも一緒に売ってくれるのだから。

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