時間(とき)を共有する仕事

第18回 2014年度 受賞作品
優秀賞作品
作者名:  林 大雄
所属企業: ㈱ザ・クロックハウス

記事(紹介文)


 「お疲れさん。この前は、話聞いてくれてアリガトね」
 「お久しぶりです、安田様。(この前お渡しした腕時計のことかな?)調子よく動いているのですね!」
 「えっ…、うん、まあそういうこったね」
 二ヶ月ぶりにお会いしたお客様との会話は、進んだり遅れたりと、なんだか歯車の噛み合わない長針と短針のようだった。
 安田様は止まった時計の電池交換に来てくださったり、あらかじめ宣言しての冷やかしご来店もある、当店の、私のお得意様だ。
 それは平日の夕飯時も終わった、午後七時頃、〝いつもの〟時刻だった。
 「今日も一日忙しかったかな。お疲れさん」
 「いらっしゃいませ、安田様。お待ちしておりましたよ!」
 いつも通りのリズムでやりとりが始まる。普段ならここから5分は和やかな会話が続くのだが、その日は違った。すぐに安田様は、「大事にしている時計があるんだけど…。相談にのってもらえる?」そう切り出した。
 「ええ、もちろんですよ」こちらも珍しく真顔で応える。
 何でもお父様ご愛用の腕時計がくるったり、ときには止まってしまうとのこと。今後も使いたいから修理できないかというご相談だった。
 「古い年代の時計ですからね。でもお父様の愛着のある時計であれば放っておけませんね。ひとまずお預かりして、分解掃除できるかも含めてお見積りを出させていただいてよろしいですか」
 「可能性あるかな? 何とかできないかな。まだまだ使いたいって言ってたからさ」
 幸運にもその腕時計は外注先で修理進行することが出来たので、後日正常な動作に回復した状態でお渡しすることができた。
 「こうなると幾らかかったとかは問題じゃないよね。本当にお手数をかけたね。親父も喜ぶよ。アリガトウ!」
 このときだ。私が祖父からもらって使い続けている腕時計の話を、先日安田様にしたことを思い出した。祖父は生前、「この時計はわしがあの世に行ったらお前が使ってくれよ」といつもそう言っていた。「そのときはまだ子供でしたし、ウン、そうする!って、ただ言ってたんですね。でも、大人になって祖父の気持ちがだんだん心に沁みて解ってきたんですよ…」
 安田様は、あの時のやりとりを覚えていてくださったのだと思う。あれから二ヶ月経っていた。
 「えっ…、うん、まあそういうこったね…。親父は逝ってしまったんだけどさ。ああ、でも時計は調子良く動いてくれてるんだよね」
 全ての歯車はここで噛み合った。
 「そうだったのか!」安田様は私にお父様の腕時計を託してくれたのだ。この時、私はお互いの〝とき〟がつながった気がした。
 「俺も林さんみたいにこの腕時計を引き継いで使っていくよ!」
 お客様からいただいたこの言葉にただただ心が熱くなった。
 「ありがとうございます!」 
 この一言が本当に精一杯だった。
 人それぞれの時間に意味がある。各々の時間は進んでゆき、同時に刻まれてもいく。そして誰かとその時間は共有され、つながっている。
 「時計」を通じて、「私」をお客様の時間に少しでも刻んでいただけたなら…。お客様の人生のワンシーンに、一緒に時を刻む瞬間を創造っていけたなら…。そんな想いで私は日々お店に立っている。

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