年度別受賞作品
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嫁ぐ日

第18回 2014年度 受賞作品
入賞作品
作者名:  安田徳美
所属企業: ㈱銀座マギー

記事(紹介文)

 2月の出来事でした。
 立春とはいえ、金沢は冷え込みが厳しく、大雪が降ることも少なくありません。
 その日も朝から雪がちらついていました。
 「こんにちはー」という声に振り向くと、ダウンコートを着てマフラーをグルグル巻きにした、車椅子に乗られた老齢のお客様でした。
 「○○様、いらっしゃいませ。こんな寒い日に来ていただけたのですか」と言うと、
 「たくさん着込んできましたから」
と笑いながら優しい声をかけていただきました。
 「今日はね、この子…」と車椅子を引いている若い女性のお客様を指して、
 「孫なんですよ。この子のね、結納が決まったからスーツを買ってあげようと思って連れてきたんです」と、お孫さんを紹介していただきました。
 後ろには、お客様のお嬢様、今度結婚される方のお母様が静かに立っておられます。
 「こんにちは。いつも母がお世話になっております。今日は私も連れてきてもらいました。場違いではないでしょうか」
と恥ずかしそうにおっしゃいました。
 ちょうどウインドウにピンクのコサージュ付きのスーツが飾ってあり、3人ともそのスーツに一目惚れされたとのこと。デパートの寒い駐車場を抜けて、ウインドウに吸い寄せられるようにまっすぐ銀座マギーにおいでになったそうです。私たちスタッフと店長はそのお話を聞いて顔を見合わせ、寒い日だけどウインドウに春一番のお洋服を飾ってよかったね、と喜びました。
 急いでマネキンからスーツを脱がせて、お孫さんにご試着していただきました。フィッティングルームからとびきりの笑顔で出てこられた時、みんな息を呑みました。ピッタリです! 本当に華やかで、清楚で…。おばあちゃまもお母様も目頭を押さえていらっしゃいます。
 「年をとると涙もろくなってしまいますね」と恥ずかしそうにハンカチで顔を隠し、「大満足です。ありがとう」とおっしゃいました。お母様は時を忘れたかのように娘さんの姿に見入っておられます。私たちスタッフにもその心が伝わりました。
 お会計の際、おばあちゃまはご自分の娘さんに「せっかく金沢に来たのだから、生菓子を買ってきてちょうだい」とデパ地下の和菓子コーナーにお使いを頼まれました。姿が見えなくなってから、そうっと私を耳元に手招きされて「これも一緒にお会計してちょうだいね」と、水色のニットアンサンブルを手にされました。先ほどからお母様がチラチラと気にされていたのを見ていらしたのです。
 「あの娘はね、いつも自分のことは後回しなのよ。何も欲しがらなくて…。今日の一番のお買い物はあの娘のお洋服なんですよ」
とおっしゃり、お孫様も頷かれました。
 「私が嫁ぐ日には、お母さんにもきれいなお洋服を着て欲しいんです。だからこれは私とおばあちゃんからのプレゼントなんです。でも簡単に包んでくださいね。箱なんかに入れると、もったいないとか、無駄使いしてとか言うので…」
と楽しそうにおっしゃいました。
 嫁ぐ日の主役はお孫様ですが、同じくらい大切に想われているお母様。私たち販売員は、日々まごころを込めてお客様に接していますが、この日私はお客様から〝まごころ〟を教わりました。
〝思いやり〟は目に見えない大切なタカラモノ…。幸せのお手伝いができる、販売という仕事に就けたことに誇りを持っています。
 「お客様、ありがとうございました」

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