紅葉の行方

第18回 2014年度 受賞作品
入賞作品
作者名:  江本いずみ
所属企業: ㈱両口屋是清

記事(紹介文)


 机の引き出しの中に眠る紅葉柄の封筒が、私にとって大切なものであることを、今まで誰かに話したことはない。八年にわたるお客様との文通の中で、この封筒を見たときのことを話してしまうのは、少しだけ勿体ないような気がして、秘密にしていたのだ。
 彼女とは、私が洋菓子店で仕事をしていたときに出会い、時が経ち、名古屋で老舗と言われる和菓子店に勤めるようになった今でも、手紙は絶えない。私は、彼女のことを 「詩人」だと思っている。
 両口屋是清には、季節によって変化する、御菓子の箱の上に掛ける紙「四季の掛紙」がある。勤め始めてそのことを知り、その繊細なデザインに触れたとき、純粋に「和菓子っていいな」と思った。後に、彼女が両口屋是清の御菓子の大ファンであることを知った私は、不思議な巡り合わせを感じた。
 ある年の九月、手紙と一緒に彼女の好きな御菓子を送ることにした。秋が深まり始めた十月、家のポストに投函されている手紙を見て、時が止まるような感覚に包まれた。私が御菓子の箱に掛けた紅葉の掛紙が、封筒に形を変え、そこにあったのだ。手紙には御菓子の御礼と近況報告、そして、新美南吉の『貝殻』という詩が書き記されていた。黄土色のシックな便箋に。「私の好きな詩を贈ります。少しでも励みになれば幸いです」というメッセージと共に…。
 月日は流れ、夏。彼女と予定を合わせ、久しぶりに会うことになった。待ち合わせのカフェにいた彼女は、以前に増して清楚な雰囲気を持ち合わせた、とても素敵な女性になっていた。
 「この前頂いた御菓子、すごくおいしかったです。パッケージも可愛らしくて…。いつもありがとうございます」
 私はいつもの手紙のお礼を言いつつ、座った。すると、
 「江本さんは、和菓子屋さん、とても合っていると思います」
 どうしてそう思うのか聞いてみると、こんな答えが返ってきた。
 「仕事のことを書く文章が、いつも暖かいから、かな」
 この、じんわりと暖かくさせる言葉に乗せられた音色は、風に消えてしまうことなんてないと思う。『貝殻』のように…。
 翌日、店で真剣に抹茶を点てていると、茶席で召し上がられたお客様に声を掛けられた。
 「とてもおいしかったです。御菓子もお抹茶も。さすが両口屋さんだわ」
 その言葉が、私をまた強くする。
 和菓子に関わる仕事を始めたその年に驚いたこと。それは、こんなにも季節が大切にされている世界なんだということ。新鮮な発見ばかりで、季節が体に染み込んでいくような感覚を何度も味わった。掛紙の移り変わりも、御菓子に印される焼印の変化の何気なさも、日本らしい。包みをほどいたとき、御菓子の箱を開けたとき、はっとするような感覚を私は届けたい。
 詩人のような一風変った手紙を書く彼女との文通は楽しく、どんな便箋に書くか、いつも悩んでしまう。友人のような、大切なお客様。紅葉の掛紙を粋な封筒に変えてしまった「魔法使い」には敵いそうもない。

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