年度別受賞作品
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優しい香り

第19回 2015年度 受賞作品
入賞作品
作者名:  新井由梨香
所属企業: ㈱生活の木

記事(紹介文)


 ハーブガーデンに併設された、アロマやハーブなどの商品を売る店で働いている。緑豊かな自然に囲まれていることもあり、小さなお子様連れのお母様が来店することが多い。小さなお客様は、お母様に手をひかれながら店内を不思議そうにきょろきょろと眺めたり、「これはなんだろう」と興味深い眼差しで、ハーブティーの箱を手に取ったり、まるでシャーベットのようにも見える色鮮やかなスクラブソルトをぐるぐるとスプーンでかき混ぜたり・・・、と楽しそうに過ごしている。小さなお客様が来ると、私はほっこりした幸せな気持ちになる。
 ある晴れた日の昼下がり。特別に好奇心旺盛なお子様が、お母様と一緒に店内に入ってきた。お母様が目を離すと、すぐに興味を惹かれる対象の方へ駆けて行ってしまう。
お母様は困った顔をしながら、「落ち着きなさい」と、時折お子様を叱りながらも丁寧にお買い物をしてくださった。私はその様子をそっと見守りながら、「子育てって、きっとすごく大変なんだろうなぁ」と思った。同時に、ここでお買い物をすることが生活の癒しになっていることを思うと、とても嬉しかった。
 レジでお会計をする際、ほんの少し手を離して、お財布からお金を出そうとした隙に、彼はお母様の手を擦り抜けてまたどこかへ駆けて行こうとした。お母様は、「もう、いいかげんにしなさい」と叱りながら、商品を袋に入れていた私に対して、「すみません、ちょっとこの子のことを押さえてもらってもいいですか」と言った。
私は咄嗟のことに少し驚きながらも、このままではお客様のお会計ができないと思い、お客様方へ行き、その子が動けないように両腕でそっと包んだ。傍から見ると、ひざまずいた店員がお客様のお子様を抱く、というかなり滑稽な光景だったと思う。
お子様は、私の腕の中で小鳥のようにじっとしていた。ミルクのような、懐かしくて優しい香りがした。おそらくきっと、どんなアロマにも敵わない、お母様にとっては史上最強の癒しの香りなのだろう。私は、お客様から信頼してもらえたことで、お子様を一瞬でも預かることができて嬉しかった。
 お会計が終わり、そっと彼を抱いていた手をほどいた。お母様は何度「もありがとう」と声をかけてくださった。お母様にしっかりと手を繋がれた彼は、「ばいばい」と小さな手を振りながら小さな声で言ってくれた。
「ばいばい」
私も二人に手を振りながら、お見送りをさせていただいた。
 しばらく経った後も、身体に触れていたあたたかくて柔らかな感触が消えなかった。
「あの子、新井さんが抱き締めたら、じっとしていましたね」
「そうですね」
他のスタッフと会話をしながら、自分もかつて、母親が目を離すとすぐにどこかに行ってしまう子供だったことを思い出していた。
こんなふうに、人と人のあいだに生まれる、懐かしいことを思いだすような、自然で優しい香りがふんわりと溢れる店内でありますように・・・。そんなことを願いながら、今日も店頭に立っている。

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