年度別受賞作品
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フランスパンが取り持つ出会い

第19回 2015年度 受賞作品
入賞作品
作者名:  谷 直保
所属企業: ㈱ドンク

記事(紹介文)


 思い出深いA君との出会いは、10年程前に遡ります。その頃の私は、オープン間もない西武岡崎店でジャンボフランスパンの店頭販売を担当していました。今でこそ、販売と同時に売り切れることもある人気商品ですが、当時は店内が混み合っていると15分ほどで完売するものの、少し閑散としている場合は30分を過ぎてもまだ・・・という状態でした。そのため、試食を勧めしながら、大人はもちろん、物珍しさで寄ってきた小さなお子さんにも「甘いパンも美味しいけど、焼き立てのフランスパンも美味しいよ!」と販売していました。その中の一人がA君です。
それだけなら大勢の中の一人に過ぎなかったのですが、数日後、岡崎松坂屋店に応援で入った時、A君が駆け寄ってきて「この間はパンをありがとう」と小さな声で話しかけてきました。
最初は全く訳が分からなかったのですが、入口の外で会釈するお母さんを見て、「あっ! ジャンボフランスパンの時の子だ」とようやく気付いたのです。初めて会ったときのA君は人見知りするシャイなお子様に思えたので、声をかけてくれたことにとても驚きました。
それほど、焼き立てフランスパンの美味しさに感動してくれたのでしょうか。以後、月に1、2回お母さんと一緒にジャンボフランスパンを買いに来てくれるようになりました。ただ、A君が来店するのは決まって販売開始から15分過ぎた頃なのです。そう、残っているかどうか、微妙なタイミングでした。一生懸命走ってきてお目当ての品があった時は、とても嬉しそうに大事に抱えて帰っていきます。残念ながら早くに完売した時は、「ゴメンネ、売り切れちゃった」と告げるとがっかりした様子で、代わりにベーコンのフランスパンを買って帰りました。
一度だけどちらも売り切れてしまったことがあり、その時のA君は今にも泣き出しそうな顔で、「だから早く行こうと言ったのに・・・」とお母さんに駄々をこねていました。私は、いつも一生懸命走ってきてくれるA君のために、試食用の1カット未満の1片を「今日だけ特別だよ」と渡すことにしました。するとA君は一転して笑顔になり、本当に嬉しそうでした。お母さんは恐縮されていましたが、ドンクのフランスパンをそこまで好きになってくれたことを嬉しく思いました。
 その後もA君との交流は続きました。月日が流れるのは早く、出会った頃、「大きくなったらパン屋さんになる」と言っていた可愛らしかったA君も今や中学生。勉強も忙しくなり、今までのように会うこともなくなりましたが、夏休みなどは時折、足を運んでくれます。「もうA君(愛称)じゃおかしいね」と言うと、「まだA君でいいですよ」と答える声は低くなっていて、背も高く、もはやA君とは別人のようです。
10年後、20年後、いつの日か今度は自分の子供に、「焼き立てのフランスパンは美味しいぞ」と言っていることでしょう! そう思えて仕方ありません。たとえ其処に私がいなくても・・・。

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