手のひら

第19回　2015年度受賞作品
最優秀作品
作者名：　　安田徳美
所属企業：　㈱銀座マギー

記事（紹介文）

　師走に入り金沢に積雪を記録したその日の午後、一人の男性のお客様に出会いました。デパートの婦人服フロアで作業服姿の男性はとても目立っていて、迷われたのでしょうか、とても困っていらっしゃるご様子でした。
「こんにちは、寒くなりましたね」
たまらずにお声をかけました。
「……」
作業ズボンのポケットに手を突っ込んだままのお客様は、私と目を合わせることなくスーッと通りすぎて、しばらく行き過ぎてから立ち止まって私の方へ戻ってきてくれました。
「あの、声かけてくれてありがとう」
聞いてみれば、私の働いているデパートの真向かいに市場があるのですが、そこに魚を卸に来ていらっしゃる方でした。朝暗いうちからの仕事なので、奥様はずっと何年も朝と昼用のお弁当を作られてから近所の工場にパート勤めに出られているそうです。
ちらちらと降ってくる雪を見ていたら、底冷えのする毎日かかさず弁当を作ってくれる妻に感謝の気持ちを渡したいと思い、たまらずにデパートに飛び込んで来たそうです。いざデパートに来たはいいけれど、妻の好みも分からない、恥ずかしい話が何を買っていいのやら……と照れ笑いされました。
　ストレートな思いと優しさがあふれていて、目の前にいる実直で誠実なお客様に満足いただけるプレゼントを選んで差し上げたいと心から思いました。
売場をご案内していると棚に置いてある藤色のストールに目が向いていらっしゃったので、
「きれいなお色ですね、いかがでしょうか。触ってみてください。柔らかくて肌触りもいいんですよ。きっと奥様にも気に入っていただけます」
とストールをお見せ致しました。
「……」
何もおっしゃらず、商品を手に取っていただくこともありませんでした。ダメなのかな、と諦めていたら、「それ、いただくわ」とぽつりと言われました。
「はい！ありがとうございます。綺麗にお包みさせていただきます」
とっても嬉しくなりました。お会計の時、初めてポケットから手を出されたのを見てドキリとしました。
「みっともない手やろう。人に見せれんがやわ」と手のひらを広げてくれました。その手はグローブのように分厚くて、大きくて、真っ赤でした。
「一年中魚を扱っとるさかいにガサガサや。この手できれいなストール触ったら引っかけてしまうから触れんがやわ。ねーちゃん、一生懸命勧めてくれたがに悪かったね」と恥ずかしそうに言われました。
お客様をお見送りした後、私は自分の手のひらを見てみました。先ほどのお客様の手のひらは決してみっともない手ではありませんでした。仕事を極めた立派な手のひらでした。
私の手はお客様にどう見られているのだろう、と考えてみました。長い間販売の仕事に携わってきたことに誇れるような手なのかなと……。私はお客様に心が伝わる優しい手のひらになりたいと思います。

手のひら

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