忘れていた「ありがとう」の大切さ

第20回 2016年度 受賞作品
最優秀作品
作者名:  小林 彩
所属企業: 田中興産㈱

記事(紹介文)


 アパレル業に就いて今年で20年、店長職になって17年になります。ベテランの自覚も、経験からくる自信もありましたが、ここ数か月、大好きだった仕事が楽しくないと感じる日が増えていました。伸び悩む数字、溜まる雑務に胃の痛くなる想いだったからです。これは決して特別ではないけれど、私の狭まりきった視野を広げ、大事なことに気付かせてくれたスタッフとの出来事です。
 その日もやっぱり厳しい売上でした。数字とにらめっこしていると一人のお客様が入店されました。私は存じ上げない方で、正直な気持ちは〝顧客様じゃないや、ワンピースくらい買ってくれないかな〟という気持ちでした。その時、店頭でお客様にご挨拶をしたスタッフが私の所に来て、「店長、あちらのお客様、先日も来て下さったんです。お買い上げはなかったんですけど、気に入っていただいて本当にまた来て下さいました。娘さんがいらっしゃるみたいで、話が弾んだんですよ。この前のスカート、また勧めてみます。あとでご紹介しますね!」と嬉しそうに言いました。そしてお客様と楽しげに話し始め、お買い物をお手伝いして、その方も「ありがとう」と笑顔で手を振って帰られました。見ていた私は穴があったら入りたいくらい恥ずかしい気持ちになりました。そのスタッフは新入社員で数か月前に販売を始めたばかり。まだまだ知識も経験もない若葉マークです。その彼女が私の知らない新しいお客様のことを教えてくれた……。毎日厳しい中でも必死にお客様に話しかけて、わからないなりに一生懸命接客して顧客を作ろうと頑張っていろいろ聞き出し、お顔を覚えて、を繰り返していたことがよくわかりました。ふと見たら、彼女のお客様名簿の備考欄はメモでびっちりでした。
 数日後、新規商品が納品されると、今度は先輩スタッフ二人の会話が聞こえました。「このトレンチ素敵ですよねー。A様に似合いそう」「あ、そうですね、ご旅行に行くとおっしゃっていたからいいかも!このワンピースはB様にいいですね!」「少し小さめだからサイズも良さそうだし、喜んでもらえそう!」そんなやりとりでした。今までの私だったら聞き流していたかもしれません。でも、新入社員の言葉があったすぐ後だったのでその会話もまた響きました。
 みんな、ちゃんとお客様の顔を見て接客してくれてるんだ。私は、この服を売りたい、いくら売れるかばかりで、〝お客様のために〟ということを忘れていたかもしれない。サンクスDMも私だけ遅れ気味。それにすら気付いていませんでした。ここ数ヶ月、自分の記憶に残る接客って何回あったかな。私、何してたんだろう。そんなことを考えて、久しぶりに販売員になりたてだった頃に書いていた〝お客様MEMO〟を引っ張り出しました。
 ○月×日 ○○様 ワンちゃんのトリミングの待ち時間に来店、珍しくカジュアル、最近デニムに凝ってる。来月軽井沢に旅行、そのためのニット探し中。○月△日 ××様 おばあ様と来店、なんと2人でお揃いのストール購入! かわいい! 4日後にディズニーだって。 今日のボーダーワンピースが似合っていらした。―大学ノートに18冊もあります。そして、毎日していた〝ありがとう〟カウント。お客様から〝ありがとう〟と言われる、商品の付加価値になるような接客をしたい、そう思ってやってきたはずなのに……。初心に戻ろうと心底思い、ロールプレイング大会に10年ぶりに参加して自分の接客を見直す機会を作りました。
 数日前、同窓会に着ていくスカートをお求めいただいたお客様から私宛に電話がありました。「忙しいのにごめんなさい。アクセサリーの相談をしたいんだけど、あなたのアドバイスが欲しくて」とのこと。お客様を思い出しながらご相談に乗り、「完璧です! とてもステキです」とお伝えすると、「ありがとう、写真見せるね」と言ってくださいました。お客様のために一生懸命考えて、最後にいただけに「ありがとう」という言葉。その嬉しさを久しぶりに思い出しました。
 スタッフからの「店長、ありがとうございます」、お客様からの「小林さん、ありがとう」、その大切さを忘れない販売員でいたいと思います。
「こちらこそ〝ありがとう〟。 また明日からがんばろう!」

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