年度別受賞作品
退職や転居等により氏名公表許諾未確認の方のお名前は割愛させていただきました。
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この仕事

第20回 2016年度 受賞作品
優秀賞作品
作者名:  増田優鶴
所属企業: ㈱山野楽器

記事(紹介文)


 接客以外の担当業務が増えた頃だった。カウンターで作業をしていたところ、中年男性のお客様に声をかけられた。
「楽譜を探しているんですが……」
「浪漫飛行やいとしのエリー、○○と△△です。アルトサックスとピアノで演奏できるやつがいいんですが」
 正直面倒だと思った。曲数が多い。時間がかかる。まあ「アルトサックスとピアノ」という条件なら幾分ほかの楽器より絞りやすい、などと思いながらパソコンを見つめカタカタしていた。
 調べると、曲によって単品で出版されているもの(ピースと呼ぶ)もあれば、何曲かまとまっている本にしか入っていないものもあるし、さらには、こちらの本には浪漫飛行と○○が入っているがもう一方の本には浪漫飛行と△△が入っている、などという絞り込むには予想通り少し時間がかかる状況になった。
 なるべく安く済ませたいと思うお客様は多い。何も言われなくてもそれに合わせることにしているが、今回は判断が難しかったため、お客様には正直にこの状況を話してとりあえずお探しの曲のピースや入っている本を5、6冊、棚から持ってきて見てもらった。
「あ~なるほど、これは単品だけど、それはそっちの本にしか入ってないんだ。あれとそれは同じ本に入ってるけど……。う~ん難しいですね」
この感じは“おしゃべりしながら店員と決めたい”お客様だな、とこの時判断し、作業中だった仕事はいよいよ諦めることにした。
 楽譜を見ながらこんなことを言い出す。
「いや、実は僕が勝手にこの辺りの曲が欲しいなと思っているだけで、必ずこの曲がいいってわけでもないんですよ。何かこういう感じのでいい曲あります?」
こういう感じの……、確かに4曲ともラブソングで90年代以前のものだった。その共通点を問いかけてみたら、そうだとおっしゃるので、その系統の本をまた数冊引っ張り出してきてカウンターに広げた。
「こっちはピアノ伴奏のアレンジが……」
「こっちはキーがな……。あっ、でもこの曲も入ってる」
などと、ああだこうだと言いながら数十分かけて結局2冊ほどに決定した。この時はお客様が何に使うかなど気にもしていなかった。むしろ、あー、やれやれと思っていた。
 会計の時だった。
「実はこれ、僕がサックス、娘がピアノでやるんですよ。娘の結婚式にね。いやー、娘に笑われるんじゃないか心配ですよ。本当に」
 少し恥ずかしそうに笑いながら話すこのお客様の、この最後の話が、私の心を一瞬で変えた。なんてことだろう!娘さんの結婚式?お嬢様はどんな方なんだろう。こんなこと現実にあるんだなあ。なんていいお父様!なんていい親子なんだろう!
 父がいない私には少し複雑だった。でも、喜びの気持ちや感動の方が大きかった。こうやって音楽は人と人とを繋げ、人の役に立っている、私たちはそれを提供する立場にある。そう強く感じ、またはっとさせられた瞬間だった。
私はなぜこの仕事を選んだのか……。さっきまでの自分を恥じた。
最後、私は涙を堪えながら笑顔でお客様をお見送りした。

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