非日常の中で

第20回 2016年度 受賞作品
特別賞作品
作者名:  阿部淳也
所属企業: ㈱パスポート

記事(紹介文)


 〝日常〟……普段意識すらしないそれは、一瞬で崩れ去った。
 いつものように出勤し、売り場を作り、お客様との会話、会計のやり取り。ああ、あと少しで今日が終わる。忙しかった一日が、ほっと落ち着きを見せ始めた頃、突然地面が揺れた。
2016年4月14日午後9時26分、熊本地震発生。
 目の前で、いつも目にしている商品が棚から落ち、割れた。遠くからは悲鳴も聞こえた。
 咄嗟に、近くにいたお客様と身を寄せた。
 混乱のままに翌日、少しでもお客様の需要があるのならば応えたいとの思いで、復旧作業を進め、午後には営業再開。また少しずつ日常が戻ってくるのであろうと思い、床につこうとした真夜中、再び大きな揺れに見舞われた。繰り返される大きな余震の中、近くの避難所へ身を寄せた。スタッフの安否は確認できたものの、余震の危険のため、店には入れず、どのような状況になっているかは数日間分からなかった。店はどんな状況なのだろう。商品は大丈夫なのだろうか。いつから営業できるのだろう。不安だけが募る中、僕の目にあるものがとまる。
「あ、ライオン!」
 店で販売している、オレンジのライオンの抱き枕だった。何百人もの人がひしめきあっている避難所の中、かわいいオレンジのライオンが男の子に抱かれていた。向こうのおばあちゃんの足元には、見たことのあるひざ掛け、あちらには黄色い大きなバナナの抱き枕。こっちには白い豆腐のクッション……。お客様にお求め頂いたお店の商品と、ここでまさかの再会。この非日常の中で、日常の癒しとしてお店の商品をここに持ち寄ってくださったのだろうか。不安でいっぱいだった胸の中に、喜びに似た何とも言えない気持ちが広がった瞬間を、今でも僕は覚えている。
 僕らが店を再開できたのは、5月3日になってからだった。再開と同時に多くのお客様にお越しいただいた。「避難用に、これ安くてちょうどいいわ」とリュックを買っていかれたお客様。「家が広くて片付けが大変だから、これがあると便利ね」とかわいいモップスリッパを買っていかれたお客様。
 しゃべるとこちらの真似をするぬいぐるみを手にして、悩んでいる年配のお客様がいらっしゃったので声をかけた。ご自宅に避難してきたお孫さんへのプレゼントに、ということだった。一緒に選んで差し上げると、とても喜んで下さり、後日「孫がとても喜んでくれてね」とわざわざお礼の言葉を言いに来て下さった。
 ここで暮らすみんなにとって、おそらくまだまだ〝日常〟ではないが、ここからまた新たな“日常”を築いていく。この仕事を通して、少しでもそのお手伝いができれば良いなと、今日も僕は思っている。

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