立ち止まり、思うこと

第20回 2016年度 受賞作品
入賞作品
作者名:  赤池めぐみ
所属企業: ㈱アスプルンド

記事(紹介文)


 年配のお客様と話していると、その方の思い出話を伺うことがある。お料理にこだわりのある方は、愛着を持って使っていた鍋やフライパンのことを。今は離れて暮らすお子さんがいらっしゃる方は、かつて家族皆で囲んだ食卓を彩った食器やテーブルリネンのことを。思い思いのエピソードを語るその瞳には不思議と共通して、柔らかな光が宿っている。
人は過去に思いをはせる時、遠い目をすることがあるが、店で出会う方たちは決して虚ろではなく、生き生きとした表情を瞳にたたえている。話の内容には、昔は苦もなく愛用していた鉄鍋を最近は重たくて持て余しているのだということや、子供が巣立った後、夫婦二人だけになり、料理の作り甲斐を感じられない等、少し切ない思いが滲み出ているのにも関わらず、だ。
何故生き生きとして見えたのか。初めはただ過ぎし日を懐かしんでいるのだと思っていた。しかし、様々なお客様と出会い、自身を取り巻く環境に大きな変化が起こった後、もしかしたらあの瞳の光は、その方の人生の輝きの欠けらのようなものかもしれない、と思うようになった。大袈裟な言い方だが、それだけ「食」は人生と不可分なものだと実感したのだ。
 私が今の職に就こうと思ったのは、料理好きで、食への関心が高かった母親の影響だ。そんな母が皮肉にも胃の病でこの世を去った。短くも壮絶な闘病生活を目の当たりにしたためか、母の死後、私は元気だった頃の母の顔を写真の力を借りなければ思い出せなくなった。ただ不思議と、台所に立ち料理を作っていた母のことを思い出す時は、彼女の姿が生き生きとして脳裏に浮かんできた。
 大雑把なところがあった母の作る料理は、調味料は目分量、後は味見次第といった風で、私は「母の味」を受け継ぎ、再現できる自信はまるでなかった。
悔やむ私に友人の一人が言ってくれた。
「お母さんの料理を食べてきたのだから、大丈夫。きっと作ることが出来るよ」と。味の記憶はれっきとした形見なのだ、と言ってくれたのだと思う。
 母が遺した物を考えるうちに、店でお話ししたお客様の瞳に宿っていた生き生きとした光を思い出した。失くした物があったとしても、「食」にまつわる記憶が、今もその人の内面からその人を輝かせているのかもしれない、と思い至った。
 人生の中で考えれば一瞬の出会いだとしても、相手の歩んできた人生の一部に触れることが出来るのが、私の仕事の持つ魅力の一つだと思う。
お客様にとって、店に滞在する時間が少しでも価値あるものになるよう、傾聴の姿勢と、商品だけでなく「食」全般について学ぶ努力を大切に、仕事に取り組んでいきたいと考えている。

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