年度別受賞作品
退職や転居等により氏名公表許諾未確認の方のお名前は割愛させていただきました。
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最高の手紙

第20回 2016年度 受賞作品
入賞作品
作者名:  五十嵐康真
所属企業: ㈱ワシントン靴店

記事(紹介文)


 20時50分、閉店10分前の曲が館内に流れ始めた頃に、その女性は来店された。
「いらっしゃいませ」
 私が勤務する新宿は、夜が深まってもむしろ往来する人は増える土地柄。これくらいの時間帯でも買い物を満喫される方は多い。しかし、見たところ20代と思われるお客様は、心なしか急いでいるような表情だった。
 春夏のパンプスをいくつか手に取り、靴の裏を見たりヒールをまじまじと覗いている。そのうちの2つのデザインで悩み始めた。ひとつは、いわゆる通勤向けの黒パンプス。一方は、大きめのバックル飾りが付いて、ヒールも太めのスウェードネイビーパンプスだった。どちらも美しいシルエットでおすすめだ。
 聞くと、やはりお仕事で使う靴を見に来られたとのこと。しかし、明日にでも履きたいため、必要に迫られていて楽しく靴を見比べている余裕はなかった。
「自分のお客様には損はさせない」
私が日頃大事にしているモットーだ。早速、フィッティングに取りかかった。時間も、あと僅かしか無い。
 22センチ前後を履かれる方からは、「どこを探しても、自分のサイズが置いてない」「可愛いものが少ない」といった声を聞く。お客様もそんな悩める女性の一人だった。目の前に並んでいる可愛い靴が履けないのは、辛いことだ。
 幸い、ふたつともサイズは何とか履けるようだった。職業柄、そこまで堅苦しい靴ではなくても良いらしく、私は休日でもお洒落に履けそうなネイビーを勧めてみた。こちらを試着した時の方が明らかに、来店時にはなかった素敵な笑顔をされたからだ。
 左右の足の大きさに差があり、時間が許される限り調整して何とかご納得頂けた。気付くと周りの店はシャッターを下ろし始めていた。
「気に入ってもらえるだろうか……」
数日後、そのお客様からメーカー本社に1通のメールが届いた。文面には、調整してくれたことへの感謝とともに、「今までの人生で最高にぴったり足に合う物を購入できました」とあった。
 何故だろう。面と向かって言われる以上に嬉しかった。
靴が好きでこの仕事をしている自分にとって、〝人生で最高の〟お手紙を頂いた気がしたのだ。たった10分しかお話できなかったというのに。
いつか、感謝を返信できるだろうか。20時50分の曲を聴く度、そう願わずにはいられない。

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