ありがとう、B堂のおばちゃん!

第03回 1999年度 受賞作品
優秀賞作品
作者名:松本直子
所属企業:一般

記事(紹介文)

 
 東京・中野。私鉄沿線の急行の止まらぬ駅前の文房具屋「B堂」。客の絶えなかったこの小さな店では、50代の背の高い小奇麗なおばさんが1人で店番をしていた。
 私の3人の子どもも小銭を握ってはノートや鉛筆、学校でなくした消しゴムを買いにB堂に走ったものだ。いまは高校生、中学生、小学3年生になったが、みな小学校の入学式を終えるとその足でB堂にあいさつに連れていった。この日から子どもは1人で買い物に行き、おばさんのお世話になるのだから。おばさんは私にそっと言った。「スーパーのほうがうちの店より安いのに」。しかし、子どもが最初に買い物を覚えるには店の人の顔が見えるところが良いと私は考えていた。子どもが買い物を通して、店の人に商品についての知識を学び、ときに行儀が悪ければ叱ってもらえるということが、親としてどんなにありがたいことだろうか。
 子どもが初めてB堂に買物に行く前に私はよくよく言って聞かせた。
 「おばさんが『いらっしゃいませ』と迎えてくれたら『こんにちは』と言うんだよ。おばさんに買いたい物を言って、置いてある所を教えてもらう。どれを買ったらよいか迷ったらおばさんに相談する。決まったら金を払う。おばさんが『有難うございました』と言ってくれたら、世話になったボクも『ありがとう』と言って店を出るんだよ」。
 おばさんは3人の子どもを可愛がってくれた。子どもはおばさんに景品の余りや古くなったノートをもらって帰って来たが、それは、子どもの宝物だった。子供も「小説を書いた」「絵本を作った」といっては、B堂に見せに行った。おばさんは喜んで店のコピー機でコピーして手元に置いて楽しんでくれた。
 昨年、私たちの大切なおばさんが入院した。娘がカードを作って病院に送ると、手術直後だというのにおばさんは「感激したよ」と電話をくれた。頑張り屋のおばさんは退院して2日後には店を開けた。「大丈夫? 手伝おうか」と声をかけると、おばさんは「お客さんにそんなことさせられないよ」と言った。快方に向かっていたおばさんだったが、年が変わると日に日に体が弱っていった。そして、初夏のある日、突然、シャッターが閉まった。
「おばさんが少し元気になったら、私、おばさんを車椅子に乗せて好きなバラをいっぱい見せにつれていってあげる」と電話をかけた。 おばさんはすかさず「元気になったら店を開けるんだよ」と言った。おばさんにとって、店は命そのものだった。
 シャッターが降りて3ヶ月後、おばさんは亡くなられた。子どもも私も店の前で立ち尽くした。「ありがとう、さよなら、B堂のおばちゃん」、子どもがそっとつぶやいた。
 おばさん、B堂で売っていたものはノートや鉛筆だけではなく、文房具にのせた〈おばさんの心〉だったのですね。こんどは私達がおばさんに言います。
「ありがとうございました!!」
今年の秋はいつもの年より淋しいです。

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