楽しい気持ちで二倍の買い物

第03回 1999年度 受賞作品
入賞作品
作者名:(氏名割愛)
所属企業:一般

記事(紹介文)

 
 アメリカに住む友達の家に遊びに行ったときのことです。彼女の家で、ネイティブ・アメリカンの音楽をモチーフにして作られた音楽CDを聴きました。遠く、近く、ゆったりとうねるように響く太鼓と笛の音をバッグに朗々と歌う、誇り高さを感じさせる男の声。悲しみをたたえつつ、凛(りん)とした気高さを感じさせる穏やかな女の歌声。どの曲もどの曲もすばらしいのです。私は、ぜひこれと同じものを買って帰りたいと思いました。
 当時、円は1ドル135円ほど。CDは円換算すると、約2300円で、ドルで買うメリットはありませんでしたし、ひょっとしたら日本で買ったほうが安い可能性さえありました。けれども、東京でそれが手に入るとは限りません。私は、空港へ行く途中、CDショップに寄ってもらうことにしました。
 最初の店は、書店やコーヒーショップも併設されているかなり大きな店でしたが、がらんとした印象で、販売員は誰も私に無関心です。もちろん私が特定の商品を探しに来ていることには気づきません。
 そこで私は、いちばん近くにいた販売員に聞いてみましたが、「それは置いていません」。ないのは仕方がないとしても、突き放されたような気がしました。次の店に入って売り場を見回していると、ちょうど、売り場を横切ろうとしていた中年の男性販売員がさっと向きをかえて近づいてきて、「何をお探しですか」とにこやかな表情で声をかけてくれました。
 あるCDを探しているのですがと、私がそのタイトルを言うと、彼は即座に、「ああ、それはとてもいいCDですね。そして、それがお好きなら、もうひとつ、きっとお客様がお気に召すに違いないお薦め盤がありますよ。これまでに300万枚も売れている、とても評判のいいCDなんです。さあ、どうぞこちらへ」と言いながらその売り場へ案内してくれました。
 お客さまと商品について話をするのが楽しくて仕方がないというような、身体全体からにじみ出る温かい雰囲気と、さりげない、しかし気のきいた対応。そして豊富な商品知識。私は彼のお客として、彼が売ろうとしている商品について話をしているだけなのに、その直前の店での対応が対照的だったからでしょう、自分が大切にされている感じに包まれたような気持ちになっていました。
 そして、この人の薦めるものなら間違いないに違いないと思い、結局2枚買って帰りました。こんなに楽しく気持ちのいい買い物は本当に久しぶりでした。
 家に帰って聞いてみると、彼が薦めてくれたCDは実際すばらしいものでした。以来、愛聴盤となったこのCDを聞くたびに、私は押しつけがましい態度はみじんも見せず、ものの数分で予定の2倍の買い物をさせたあのあっぱれ販売員に対する尊敬と親しみの気持ちを抱かずにはいられません。

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