20年来のお客様

第01回 1997年度 受賞作品
最優秀作品
作者名:(氏名割愛)
所属企業:紳士服販売店勤務

記事(紹介文)


 『カシミヤのセーターはありますか』
23年前の冬の朝、銀座みゆき通りにある店の前を掃除していた私は、小学生くらいのお嬢様の手を引かれたご婦人に声をかけられました。
 入社したばかりの私の日課は朝の掃除と午後の配達が主でした。1年間は、そうした毎日のなかで先輩方を手伝いながらテーラーの知識を教えられ、勉強するのです。だから接客などまだまだ先のことだと思っていたのです。ところがそのチャンスが突然やってきました。入社して初めての冬であり、カシミヤという言葉を知ったのもカシミヤセーターを見たのも初めてでした。
 ドキドキしながら店内へご案内した私は、知ったばかりの知識を頭の中でくり返しながら、初めて接客したのです。そして、お買い上げ頂いた代金はオーダー・スーツとかわらない金額で、驚いてしまいました。入社して初めての販売でした。ご住所をいただくと大阪とあります。「ご旅行ですか」と尋ねると「東京の美容室へ毎月来るんですよ」という返事で、またまた驚いてしまいました。
 こうして、私の顧客ファイルに初めてお客様の名前が記入されました。同時に強烈な印象も残されたのでした。大阪は遠い距離でしたが、私にとってたった一人のお客様でした。忘れないでいただくために何かしなければと思い、毎月発行されているタウン情報誌を毎月送ることにしました。それがその時、私にできた精いっぱいのサービスだったのです。
 そうして1年ほどが過ぎたある日、思いがけない電話をいただきました。『大阪の○○です。覚えておられますか』。1年ぶりでしたがすぐに分かりました。あれからずっと毎月書いている名前と住所です。わからないはずがありません。電話の内容は〈仕立券付服地をお求めにご来店下さる〉というものでした。こうして2度目のご来店となったのです。しかも、大変な金額のお買い上げをいただいたのです。帰り際の「タウン誌、いつも楽しみにしていますよ」とのひと言が、どんなにうれしかったことか。その言葉が、その後の私の営業に方向性を与えたように思います。この時を機会にご来店下さる回数も増え、ついにご主人様とご一緒にご来店下さり、念願だったスーツのご注文が始まりました。
 あれから20年以上のお引き立てを現在もいただいています。関西への出店とともに大阪勤務となった私は、より一層のお引き立てをいただくようになり、今ではご主人様、ご子息様お二人のスーツすべての管理を任されています。お忙しい奥様に代わって、日頃の服のメンテナンスからシーズン毎の入れ替えはもちろん、新調される服地選びまで全て私の役目です。
 最近では医者として海外でのお仕事が多くなられたお嬢様のご要望で、和服用の「あづま袖」を上質のカシミヤでお仕立てしました。ロンドンのコベントガーデンでお召しになり、「ワンダフル!」と注目されて話題を集めたそうです。背広の本場イギリスで、日本の着物文化の紹介に日本のテーラーの技術が少しお手伝いでき、小さな文化の交流ができたことに不思議な縁を感じます。
 そのお嬢様と奥様に出会った23年前の冬の朝、この世界での私の営業が始まりました。そしてあのときタウン情報誌を手にしていなかったらこの縁はなかったと思います。これからも初心を忘れずに、その時にできる精一杯のサービスを続けようと思っています。

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