ギターと少年

第04回 2000年度 受賞作品
最優秀作品
作者名:北島俊一
所属企業:㈱新星堂 ロックイン博多店

記事(紹介文)

 
 もう随分前の話になりますが、入社して間もない頃、レコードと楽器の併売店の楽器担当を任せられました。担当者は私1人だけ、誰にも頼ることはできません。どうしたらよいのか、何の知識もなく技術もありませんでしたが、〈笑顔で接客し、元気よく対応しよう〉それだけで夢中で接客をしました。
それから少したち、売上げも確実に上がりだし、自信もつき、〈よし、今日も売りまくるぞ〉と意気込んでいると、学生服を着た青白い顔の中学生がエレキギターを見ています。すかさず、「いらっしゃい、良かったら弾いてみてください」。いつものように元気に言っても何の返事もなく、私を避けるように店内を見ています。〈何だ、見ているだけか〉私は彼を無視して他のお客様へ…。
 それから何日かたって、その彼がまたエレキギターを見ています。一応この前と同じように声をかけると、彼は無視。そのうち彼はほとんど毎日同じ頃に店に来て長時間エレキギターを見て帰って行きます。私はもう声かけも何もしなくなりました。ある日、他のお客様の接客でギターを弾いていると、私の横に彼の姿が。目を大きく開き、真剣にプレイを見ています。その日から彼は連日、私のギターを聞きに店に来るようになってしまいました。
 〈まいったな、忙しい時間なのに。どうせ買ってくれないんだし〉。でも彼は、毎日来ては「エレキを弾いてくれ」と言います。そのうち、ある日を境に彼の姿は見られなくなりました。少々寂しい気もありましたが、私はほっとしました。
 それから2ヶ月ほどたち店も閉店時間近くなった頃、1人の日焼けした作業服の少年が「すみません」と声をかけてきました。なんと、いつも青白い顔をして学生服を着ていたその彼でした。あまりに変わった彼に「たくましくなったね、久しぶりだね」と声をかけると、いつもと同じように「このギターを弾いてくれ」と言います。私もなんだかうれしくなってシールドをアンプに通して弾いていると、いつもより輝いた目で私の指の動きとギターを見ながら、「このギターとアンプをください」と言うのです。
 私は驚いて「でもこのギターとアンプは値段が高いよ」と答えると、ポケットから封筒に入ったお金を出し、「アルバイトして貯めたから」。なんと彼が店に来なかった2ヶ月の間に、学校から帰って夜に工場でアルバイトをし、一生懸命貯めたお金だったのです。私は彼に商品を手渡し、「本当にありがとうございました」と心から頭を下げました。
それから数日後、いつものように来ると彼は、私に「これ、お母さんから」と言って手紙を渡して帰っていきました。手紙には、「息子はとても内向的で友人もおらず、何もしないで1日を過ごしていましたが、最近学校から帰り、『やさしくてギターの上手な北島さんという店員さんがいるんだ』と言って自転車で出かけます。とても明るくなり、自分からアルバイトをすると言い出し、ホッとしています。これからもよろしくお願いいたします」と丁重に書かれていました。私は自分が恥ずかしくなりました。
 知らない間に業績のことが先行し、本来の楽器の楽しみやお客様に与える感動、またお金をいただけるありがたみを忘れていたのです。そして、これまでとは違った姿勢で販売させていただける喜びを感じるようになりました。彼には勉強させられました。
 今も、忙しくて売上げや業績に悩んだとき、この時のことを思い出します。その彼とはその後十数年のつきあいをし、2年前に結婚したとの連絡が電話でありました。それから連絡はありませんが、今ごろ私のことなど思い出す暇もないくらい、赤ちゃんの世話に追われているのでしょう。あの時の、日焼けしてたくましくなった顔で。

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