お客様の洋服が教えてくれること

第04回 2000年度 受賞作品
入賞作品
作者名:(氏名割愛)
所属企業:紳士服販売店勤務

記事(紹介文)

 
 暑い夏が始まったばかりの7月初旬、身も凍るような事件は、まるで予言されていたかのように起こりました。とは大袈裟ですが、少なくとも入社2年目の私にとっては、その後の会社生活を変える出来事でした。
 当時、ようやく洋服を売る事を覚えた私に「セールス」とやらをさせてくれるのは、鬼のような怖い顔をした(失礼)このお客様ただ一人。神様が与えてくれたこの大切なご縁をずっと守っていこうと、この日も張り切って出掛けました。色々とお勧めしている時にお客様が何気なく「今、借金(売掛金)いくらある」と聞かれ、私は、「ハイ、いくらくらいです」と元気良く答えたまでは良かったのですが、「おかしいな、ちょっとメモを見せてみろ」。お客様に言われ、自分でもメモを見てみると、何とひとけた多く間違っていました。メモから視線を上げた先には、赤鬼と化したお客様。逆に私は真っ青。その後は、鬼を相手に言い訳の大バーゲンでした。
 どうにかこうにか怒りの収まったお客様は、罰として私に、ぎっしりと洋服の詰ったロッカーの掃除を命じました。ロッカーといっても15着入りの大型が3台あるのです。しかし、ピンチの私は、それでお許し頂けるならと自分の愚かさを悔いながら汗を流しました。そして一件落着となりました。
 この時は、私の失敗から単なる罰として命じられたはずのロッカーの掃除でしたが、その後うかがうたびに続けているうちに、そこに詰まっている洋服がお客様のお好みや着方の癖などのデータを私に教えてくれ、私はロッカーの番人になっていきました。洋服のメンテナンスやコーディネイトはもちろん、季節の衣替えからクリーニングの手配に至るまでを一任されたのです。思い返せばなんともありがたい罰で、お客様との付き合い方まで学ばせてもらい、私にとって本当に恵みの多き“トラブル”でした。
 このように、トラブルがきっかけで、お客様とより深いつながりができることは意外に多いものです。もちろん、逆に今まで積み上げたものを一瞬にして失う事も少なくありませんから、わざわざトラブルを願う事はないのですが、もしそれが起こってしまったとき、そこには危機と共に大きなチャンスがころがっていることも事実なのです。今は販売にとってお寒い時代。きっといろいろなチャンスが転がっているでしょう。ポケットいっぱいに拾えるだけ拾って前向きに行きたいですね。
 あの身も凍るような事件から14年経った今も、お客様は顔を真っ赤にしながら私にいろいろなことを教えてくれています。ありがたいことに、ロッカーに入りきらない洋服に苦労するこの頃です。

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