祖母を思い出しながら

第04回 2000年度 受賞作品
入賞作品
作者名:(氏名割愛)
所属企業:靴販売店勤務

記事(紹介文)

 
 夏の暑さも一段落して、そろそろ街に秋の気配を感じ始めた頃だった。白髪の小柄なおばあちゃんが、ウォーキングシューズのコーナーの前で、あれこれと商品を見ていた。土地柄と高齢化社会も手伝ってか、年配のお客様は多い。私はいつものように「サイズはいろいろご用意していますので、もしよかったらお試しになりませんか?」と声をかけてみた。すると「今日は、買わねいよ。見てるだけ」と、ピシャリと返されてしまった。
 しかしそう言われて「そうですか」と引き下がるわけにはいかない。「いえいえ無理にお勧めなんてしませんから、履き心地だけでもお試しになってみて下さいませ」。私は満面の笑みでこたえた。ふとおばあちゃんの足元を見ると、そろそろ取り替えてもよさそうなほど履き込んだ靴だ。「それじゃ、履くだけ履いてみっかな」どうやら試してくれるようだ。
どんな靴を探しているのか聞くと、今履いているのと同じ靴が欲しいと言う。あいにく同じデザインのものはなかったが、同じメーカーの商品があった。もしよかったらということで、いくつかお勧めして履いてみてもらった。
 しばらくお話をしていると、どうも東北のなまりがあるようで、懐かしさを覚えた。私の祖母もちょうど同じくらいの年代で、山形生まれだった。口調が突っけんどんに聞こえ、いつも怒っているように思われがちだが、とても面倒見の良い優しいおばあちゃんである。
 いつしか祖母と話している時のように、会話がすっかり私も東北弁になっていた。「これは少し派手でないかい?」おばあちゃんが言うと、「なんもなんも、ハイカラで良いでねえの」と私が答える。そしておばあちゃんはすっかり和んで、おじいちゃんに先立たれてしまったこと、でも今は友だちと旅行したりして、1人で寂しいと思うひまもなく楽しく過ごしていることなどを話してくれた。
 気が付くと30分以上も話していた。「さて、それじゃ話を聞いてもらって楽しかったから、これもらってくかな」。私が一番お勧めした靴を指しておばあちゃんが言った。会計を済ませ、お見送りしながら私が「ありがとうございました。私も祖母と話しているみたいでとても楽しかったです」と言うと、「最初に買わねぇて言ったのにな」と、ペロッと舌を出し、手を振って帰って行かれた。
 何とも言えない充実感があった。いつもお客様に元気を差し上げようと思っているのだが、この日は私の何倍もの元気をおばあちゃんからもらってしまった。そして忙しさにかまけてなかなか会えずにいる祖母に久しぶりに会いたくなっていた。相変わらずの 突っけんどんで元気にしているだろうか。

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