差し出された大きな手

第04回 2000年度 受賞作品
入賞作品
作者名:(氏名割愛)
所属企業:パン販売店勤務

記事(紹介文)

 初めて手を差し出され握手しました―。
 そのお客様は、日曜日か祝日に月一度来店されるかされないかですが、目と耳と口が少し不自由な方です。コツ、コツ、コツと床を白い杖でたたき、確かめながら店内に入ってきます。私たち販売員はこの音で「あっ」と思い、近寄ります。お客様はいつも大きなバッグを肩から下げていて、中からバインダーとマジックを取り出します。バインダーの中の紙には「つぶあんぱん5個、ジャムパン5個、クリームパン5個、ココア牛乳1個」などと書いてあります。私たちは商品を探し、レジで会計し、お代をお客様のバインダーに大きな字で書きます。するとうなずいて清算を終え、販売員の肩に手を掛けます。コツ、コツの音を後ろに聞きながらエスカレーター前までご案内すると、肩をポンとたたいてお辞儀をして帰られます。
 でも、この日はいつもと違いました。お客様のバインダーに書かれていたココア牛乳が、業者さんの都合で違う商品と入れ替えになり、在庫がありませんでした。毎月来られるお客様なので、これからも入荷できないことを知らせるため、私は販売にあったノートにマジックで「しばらくの間、ココア牛乳は入りません。大変申し訳ございません」と大きな字で書きました。お客様は何回も大きくうなずいて、いつも通り清算を終え、エスカレーター前まで来ると、スーッと右手を出され握手をしました。私は、「えっ」と思ったのですが、その後お客様はエスカレーターに乗り、帰られました。
 私とお客様の間には一言もありませんでした。いつも通りのお客様といつも通りの接客をした私でしたが、なぜこの日に限って手を差し出してくれたのかわかりません。でも、大きな手を握り、ほっとする温かい気持ちをもらいました。この気持ちを大切に、これからもお客様に喜んでもらえる販売員になれるよう努力します。

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