魔法の指輪

第04回 2000年度 受賞作品
入賞作品
作者名:(氏名割愛)
所属企業:一般

記事(紹介文)

 
 21歳の冬、ある宝石店で私は、特売品が並べられたショーケースの中に素敵な指輪を見つけた。光の当たる角度によって、猫の目のような光る縦線が現われる不思議な淡い乳白色の宝石「ムーンストーン」がのった金の指輪。ハートの形にかたどられたムーンストーンは、まるで羽を広げた天使のように輝き、それが金のリングにチョコンと止まっているかのように見える。
 私は、夢の世界に吸い込まれたように、その指輪をじっと見つめていた。「いい指輪でしょ、それ」。突然、中年の女性に話しかけられ、ドキッとした。その声が、私を一瞬のうちに現実の世界へ引き戻した。彼女はお店の人だった。「こんなに大きいムーンストーンのついた指輪って珍しいのよ。」
 このまま指輪を売りつけられてしまいそうな、嫌な予感がした。私は、思い切って口を開いた。「ええ、でも買えないんです。私、会社をクビになってしまって、お金が無いから」。忘れてしまいたい現実を思い出し、沈んだ私に向かって彼女は意外にサラッとこう言った。「そうなの。でも、見るだけはタダだから。好きなだけ見て、気が済むまで指につけていていいのよ」。
 私は恐る恐る指輪を手に取り、そっと左手の中指につけてみた。指輪はスッと入り、私の指にぴったりはまった。あまりにもすんなり指になじむので、思わず笑いがこぼれた。彼女は、微笑みながらポツリと言った。「もう、このお店、今週で終わりなの。でも終わりがあるから、また新しいスタートがある。あなた、若いんだから、これからまだまだいい事が待ってるわよ。だから頑張って。今みたいな笑顔の方が似合ってるわよ」。その言葉に、胸の中のこわばっていた部分がすっと溶けた。指輪の天使が笑ったような気がした。なんだか少し元気になった。
 「あの…クレジットカードは使えるんでしょうか」。結局、私は1万円のこの指輪を3回払いで買うことにした。「特売品で、箱が無いの。」と言いながら、彼女は丁寧に指輪を包み、渡してくれた。「はい、どうぞ。これが幸運の指輪になりますように。いい事がたくさんありますように」。指輪に魔法がかかったような気がした。見ず知らずの店員さんから買ったその指輪は、この時から、私にとって何よりも大切な宝物になった。
 あれから何年もの月日が流れ、今はもう、その宝石店は無い。あの店員さんもいない。でもあのムーンストーンの指輪をつけるたびに、いつも私は優しい天使に出会ったような気持ちになる。そして、指輪にかけられた店員さんの魔法の言葉がよみがえり、弱虫な私の心を勇気づけてくれる。

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