年度別受賞作品
退職や転居等により氏名公表許諾未確認の方のお名前は割愛させていただきました。
作品ジャンルで探す
作品カテゴリーで探す
キーワードで探す
各記事には関連キーワードを設定しています。
自転車・メガネ・子供・感激…などキーワードを入力してください ※複数は(カンマ区切り)

お年寄りと社会をつなぐ買物

第05回 2001年度 受賞作品
優秀賞作品
作者名:森山志保
所属企業:一般

記事(紹介文)

 
 先日、私が近くのスーパーマーケットへ行ったときのことです。レジに並ぶと、お客さんはいないのですが、レジ台には商品が入ったカゴが置かれていて、店員さんはレジ打ちの手を途中で止めています。店員さんの目線を追うと、1人のおばあさんが果物売場から梨を手に持ち、こちらへやってきます。計算の途中で買い足したくなったのでしょう。70代後半~80歳くらいで、曲がった腰をゆらしながら、ゆっくりゆっくりとレジへ戻ってきました。
 おばあさんから梨を受け取ると、その店員さんは「じゃあ、これでよかね」と言いながら、レジに打ち込みます。「全部で872円。どうしたと?」。おばあさんは手提げ袋の中をのぞいて何か探しています。「財布を忘れたと?」。店員さんが聞きます。おばあさんはまだ探しつづけながら、小さな声で「家に忘れてきたごたる…」。
 私は、財布を探すおばあさんの小さく丸くなった背中を見ながら、昨年他界した祖母のことを思い出していました。祖母は80を超えても一人暮らしを続け、毎日、買物に出ていたのです。このおばあさん、どうするだろうか。いったん家に帰って財布をとってくるか、このまま商品を返すか…、と思っていたそのときです。「私が1000円貸しておこうか。ね? そうしよう」。店員さんが制服のポケットから自分のがま口を取り出し、折り畳んだ1000円札を差し出したのです。
 これは私がまったく考えなかったことでした。「そうだ、そんな方法があったのだ」。そして、何だか悲しいようなうれしいような気がして、胸が熱くなりました。これが、街の小さな商店のおかみさんと常連さんのやりとりなら不思議はありません。しかし、ここはチェーン展開している比較的大きなスーパーで、その店員さんはたまたまその日そのレジについていたパートの主婦の方という感じだったのです。また、店員さんとそのおばあさんの間に、特別ななじみの関係があるようにも思えませんでした。おそらく家計を支えているであろう店員さんにとって1000円は決して小さな金額ではないでしょう。
 そして祖母にもこんなことがあったかもしれないと、思わずにはいられませんでした。1人で買物に出かける高齢者は何かと心細いはずです。いろいろな所でいろいろな人に助けられながら買物をしていたのではないかと思いました。時々、祖母とスーパーに行くと、セルフサービスの商品の袋詰め作業を、私が付き添っていることを知らない店員さんが、祖母の分だけしてくださることがありました。いつもこうしていただいているのだな、ということがわかりました。肉屋さんへ行けば、腰が曲がった祖母にはガラスケース越しの商品のやりとりは難しいため、表へ出てきてくださることもありました。そして、「今日はお孫さんと一緒でいいね」。そんな声をかけてくれます。今から思えば、祖母にとって、日に一度の買物が外の世界に触れる貴重な機会となっていたかもしれません。
 「お待たせしました!」。自分の1000円をレジに入れ、おばあさんにおつりを渡した店員さんが、私のほうに向き直りました。とても明るくイキイキした笑顔で。私は心の中でその人に言いました。「ありがとう」。
 単にモノを買うことではなく、その行為を通して、プラスアルファの何か(人との交流や情報、満足感など)が得られるのが買い物だと思います。今後、ますます高齢者の一人世帯が増えると言われます。高齢者が安心して楽しい買い物が続けられるような小さなサービスが、どんなお店にもあってほしいものです。

タグ(関連キーワード)

コンセプト 審査委員長紹介 お問い合わせ 日本専門店協会サイト プライバシーポリシー
Copy right (c) Japan Specialty Store Association All Rights reserved 2009.